第8話「モブ部員の告白――隠された行動の理由」-『波間に揺らぐ、あの日の勇気』

――夜の体育館裏。

器具室の扉がわずかに開いていて、中から光が漏れている。

俺(相沢航平)、大谷知樹(おおたに・ともき)、橘ひなた(たちばな・ひなた)、川久保沙季(かわくぼ・さき)先輩、そして生徒会長の桐生瑞貴(きりゅう・みずき)は、不審者を追うように足を踏み入れた。

 

そこで目にしたのは、驚くべき人物――

以前にサーフィン部を退部したはずの男子生徒が、大きな袋を抱え、こちらを振り返っている姿だった。

 

「……え?」

 

思わず全員が呆然と立ち尽くす。

夜の静寂の中、彼はライトの明かりを持ったまま、焦った表情でドアのほうを見つめていた。

 

「な、なんでお前たちがここに……」

 

彼は視線を泳がせ、後ずさる。

そもそも夜間の学校に無断で忍び込む時点で十分怪しい。

しかもこの器具室で一体何をしていたのか。

 

ひなたが震えた声で問いかける。

 

「あなた、どうしてここに……? 退部したはずですよね……」

 

「……関係ないだろ。自分の自由だ」

 

短く答えるも、動揺は隠せないようだ。

袋の中身が何か、まだこちらからは見えない。

大谷が身構えて一歩近づく。

 

「何をしてたか教えてくれ。もしかして、篠田先輩のボードを隠してるのはお前……?」

 

ストレートすぎる問いに、モブ部員(以下「退部生」と表記)は顔を歪める。

 

「……はあ? なんだそれ」

 

「なら、その袋の中身は何?」と沙季先輩が鋭い口調で迫る。

 

退部生は明らかに焦った表情になり、袋を背後に回そうとする。

だが、その動きがかえって怪しさを増すだけだった。

 

「ねえ、それを見せて。」

 

ひなたが勇気を出して踏み込む。

さすがに相手は一人、こちらは五人いるし、逃げ場もない。

退部生は観念したようにため息をつき、ゆっくり袋を差し出した。

 

「……中身、見ればわかるよ」

 

俺たちは息を呑みながら、袋の口をライトで照らしつつ開ける。

そこにあったのは――

 

「サーフボードの……ワックスやフィン? しかもかなり新しい……」

 

「しかもこれ、篠田先輩のメーカーと同じタイプの部品じゃない?」

 

ひなたが声を上げる。

確かに、先日倉庫で見かけた“古いパーツ”と似てはいるが、こちらは新しくて色も違う。

大谷が袋の底を覗き込むと、さらに小さな工具や補修キットなども混ざっていた。

 

「……これはいったい……」

 

沙季先輩が困惑しながら顔を上げると、退部生はうつむいたまま口を開く。

 

「……サーフボード自体は、ここにはないよ」

 

「じゃあ、どこにあるんですか?」

 

「知らないって! ていうか……俺は盗んでなんかいない。
 ただ、篠田先輩のボードが消えたのを聞いて、少しでも手がかりがあればって……
 ……探してたんだよ。余計なお節介かもしれないけど」

 

その言葉に、全員が戸惑う。

「探していた」というのは言い訳に聞こえなくもないが、
わざわざこんな時間にサーフ用品を持って器具室を探る行動にどんな意味があるのか?

 

桐生先輩が落ち着いた声で促す。

 

「順を追って話して。あなたが退部した経緯と、今ここで何をしているのか」

 

「……俺、実は退部を決めたとき、篠田先輩とちょっと揉めてたんだ。
 篠田先輩、才能も実績もあって、周りからはヒーロー扱い。
 でも俺からすれば、正直妬ましかった。
 だから“こんな部活やめてやる”って飛び出した感じでさ……」

 

言葉に滲む悔しさ。

部の空気がギスギスしていた原因の一端が、この退部生にあったらしい。

 

「でも……そのあと、篠田先輩が真面目にサーフィン部を支えてる姿を見て、
 “やっぱりすげえ人だな”って思い直したんだ。
 俺ももう少し頑張ればよかったって後悔してさ。
 だけど、もう退部した手前、戻るに戻れなくて……」

 

彼は苦渋の表情を浮かべる。

沙季先輩が厳しい口調で問いただす。

 

「でも、それと“夜の器具室でワックスやフィンを持ち込んでいる”行動は、どう繋がるわけ?」

 

「……篠田先輩のボードが見つかったとき、もし壊されてたり傷がついてたら、
 少しでも補修できるようにって思って……。
 部外者に過ぎないけど、俺なりに協力できることはあるんじゃないかって……」

 

予想外の動機。

確かに、サーフボードの補修用品やパーツを用意しておけば、もしボードが見つかって傷だらけでも何とかなるかもしれない。

 

大谷が唸るように言う。

 

「それなら普通に昼間に持ってくればいいじゃん。
 何で夜にコソコソ? しかも器具室は関係ないだろ」

 

退部生は肩を落としながら答える。

 

「昼間は先生や部員に見つかるだろ。退部したくせに何を今さらって言われるのが怖かった。
 だから夜に忍び込んで、器具室の片隅に隠しておこうと思ったんだ。
 ここの鍵は昔、部活で器材を出し入れしてたときの……スペアが手元にあって」

 

(スペア……?)と俺たちは息を呑む。

そうか、退部前に何らかの経緯で鍵を持っていて、返却していなかったのかもしれない。

 

ひなたが戸惑いながらも優しい目で言う。

 

「なら、堂々とみんなの前で謝って、協力してくれたらよかったのに……
 どうしてこんな危ないことを?」

 

「……無理だろ。篠田先輩を妬んで退部した奴が、今さら何をって感じじゃん。
 “あいつが盗んだ”とか疑われるのがオチだ」

 

言葉に詰まる俺たち。
実際、退部生があまりにもタイミング悪く夜に出入りしていれば、疑われても仕方ない。

 

でも、ここまで聞く限り、彼が“犯人”という確証はないように思える。

盗まれたボードはどこにもなく、部活への未練から勝手に動いていただけの可能性が高い。

 

「じゃあ、篠田先輩のボードの所在は本当に何も知らないんだな?」

 

沙季先輩が重ねて問いかける。

退部生は無言でかぶりを振る。

 

「……もし知ってたら、こんなやり方しないよ。
 俺だってあの人が大会で活躍する姿を見たいし、心から応援してるんだから」

 

その言葉には悔しさがにじんでいた。
嫉妬で退部してしまった自分を責めているのだろう。

 

(そうか。部内のトラブルって、実はこういう“才能への複雑な思い”が多かったのかもな。
 篠田先輩や沙季先輩が輝けば輝くほど、周りとの溝も生まれやすい……)

 

じんわりと胸が痛む。

ひなたも目に涙を浮かべて「そっか……」と呟く。

 

「……ありがとう。あなたの気持ちは、いつか篠田先輩にも伝わるといいね」

 

予想外のやさしい言葉に、退部生は目を丸くする。

沙季先輩も溜め息をついてから、さっと視線をそらし、

 

「まあ、盗難の犯人じゃないなら、こんな時間に変な行動はやめてよ。
 余計なトラブルを招くだけなんだから」

 

少しキツい言い方だが、彼女なりの気遣いも感じられる。

退部生は「わかった、もうこんな無茶はしない……」と口を濁した。

 

すると、桐生先輩が一歩前へ出る。

 

「で、あなたが持ってきたそれらの道具、学校の備品じゃないわよね?
 勝手に器具室に隠すのは規則違反。とにかく生徒会で預かるから、後で詳しい話を聞かせてもらうわ」

 

「はい……すみません」

 

退部生は素直に従い、袋を桐生先輩に手渡す。

彼が犯人ではないとなると、夜の不審者がまたしても“空振り”だったことになる。

 

(じゃあ、本物の犯人はどこで何してる?
 篠田先輩のボードはどこに隠されている?
 黒川先生は本当に無関係なのか?)

 

疑問は尽きないが、この瞬間、警備員の巡回時刻が迫ってきたため、俺たちは一旦解散せざるを得なかった。

 

「とにかく退部生くんも、一人で危ないことするのはやめて。
 先生か桐生先輩に相談してくれ」

 

ひなたが最後に声をかけ、彼は無言でうなずく。

 

――夜の捜索は、今回も決定的な成果を得られないまま終わってしまった。

しかし同時に、部活内にあった小さな亀裂が見え始める。
才能ゆえの疎外感、そして部員同士のすれ違い

盗難事件は、それらの不満や隠された感情をあぶり出しているようにも思えた。

 

(犯人はまだ見つからない。でも、これで一つだけわかった。
 「退部生による犯行」説はほぼ否定できる。
 となると、やはり部外者か……もしくは、限られた鍵の管理者たちの誰か……?)

 

胸がざわざわしながら、夜の器具室をあとにした。

 

 

◇◇◇

 

5. 翌日の部室、深まる溝

 

翌日、学校に来ても、サーフィン部の雰囲気は相変わらず暗い。

篠田先輩は入院はしていないが、足をテーピングで厳重に固定しており、登校もままならない様子。
部活に顔を出す気力もないようだ。

 

生徒たちの間では「犯人は誰?」の話題がまだくすぶっており、

「夜の闖入者が退部生だった」とは一部で噂が広がるものの、

その退部生が「実は犯人じゃなかった」ということまでは十分に伝わっていないらしい。

誤解やデマが拡散し、部内は混沌としている。

 

「もー、どうすればいいの? このままじゃインターハイ予選どころじゃないよ……」

 

ひなたが頭を抱える。

川久保沙季先輩も、今日は部室に来たものの無言のままロッカーを漁っている。

大谷は「もう先生に直談判しようぜ」と言うが、ひなたは「でもそれこそ先生を問い詰めるみたいで……」と尻込み。

 

(黒川先生との信頼関係が希薄になっている。この状況で先生を正面から疑うのは危険かもしれない)

 

そんなとき、桐生先輩が部室のドアを開け、「ちょっといい?」と声をかけた。

手には何枚かの紙資料を持っている。

 

「実は、私なりに少し調べたの。黒川先生が過去にどういう大会歴があったのか、
 そして怪我をしたとき周囲で何が起きたのか……」

 

みんな息を呑む。

まさかまた古い新聞記事や関係者の証言を集めたのか――

桐生先輩は重々しい表情で続ける。

 

「どうやら、先生が怪我をした当時、周りの大人は“もっと無理をさせるべきじゃなかった”と責め合っていたみたい。
 『あの子は才能があるから安全に配慮すべきだったのに、周囲が過剰に期待をかけてしまった』って」

 

ひなたが口を押さえる。

それはまさに、篠田先輩が今置かれている状況と重なる。

 

「黒川先生は結局、大会でビッグウェーブに乗ってしまい、大怪我を……。
 その後はプロへの道が閉ざされただけでなく、周りの人間とも気まずくなってしまったらしい」

 

「じゃあ、先生は篠田先輩が“同じ失敗”をしないように止めたいのかもしれない……」

 

沙季先輩がぽつりと呟く。

確かに、先生が盗難まではしなくとも、篠田先輩の足を案じて厳しい態度を取ることに繋がっているだろう。

 

「でも、それが直接“ボード消失”に結びつくわけじゃ……」

 

大谷が食い下がるように言うと、桐生先輩は静かに首を横に振る。

 

「わからない。先生がどこまでして篠田くんを止めたいと思ってるのか……
 もしかしたら、先生自身も混乱しているのかもしれないわ」

 

モヤモヤだけが増大する。

(結局、この話は先生に聞いてみないとわからない――でも、本人が黙秘状態ならどうしようもない)

 

「先生を問い詰めれば、ますます関係が崩れるかもしれないし……
 今はもう、篠田先輩も足が完治するかどうか厳しいし、本当に最悪だ……」

 

ひなたの声が震える。

沙季先輩も複雑な表情で黙り込む。

 

(なら、他に方法は……?)

 

俺たちは再び行き詰まる。

 

 

◇◇◇

 

6. その夕刻――不意の連絡

 

部活が終わりかけたころ、俺のスマホに着信が入った。

画面を見ると「篠田先輩」からだ。

焦って受話器を取ると、先輩の低い声が聞こえる。

 

「……悪い、こんな時に。ちょっと相沢に頼みたいことがあるんだ」

 

「先輩……足の具合は?」

 

「まだ痛いが、何とか松葉杖で歩けるようになった。
 大会が無理でも、せめてボードだけは取り戻したいと思ってて……
 それで、相沢をはじめ、部のみんなに協力してほしい」

 

(先輩が……みんなに協力を?)

 

驚きながら「もちろん、何でも力になります」と答えると、先輩はかすかな笑みを含んだ声で続ける。

 

「明日、少し学校に顔を出すつもりだ。
 黒川先生とも直接話したい。俺はもう、逃げるのはやめる」

 

先輩の力強い言葉に胸が熱くなる。

 

「わかりました。明日、部室でお待ちしてます」

 

「頼む……」

 

通話が終わり、俺は居合わせたひなたや大谷、沙季先輩に報告する。

彼らの表情にも一瞬で光が灯る。

「先輩がもう一度、先生と話を……!」

 

「もしかしたら、これで状況が動くかもしれない」

 

ひなたが希望を込めた声で言う。

大谷と沙季先輩も「やっと一歩前進だな」とほっと息をついた。

 

やはり、キャプテンである篠田先輩が立ち上がらないと、部も事件も前に進まない。

怪我は厳しいが、本人の意志が回復しているのは大きい。

 

(明日、先輩と先生がきちんと話をしてくれれば、
 ボード盗難事件の謎も少しは解きほぐせるかもしれない)

 

そう思いながら、俺たちは校門を出た。

夕空にはうっすらと雲がかかり、海風が肌を撫でていく。

 

(あすこそ真相が動き出す。
 先生の過去、篠田先輩の覚悟、盗難事件の犯人――
 全部が繋がる可能性がある)

 

緊張と期待を抱きつつ、一日を終える。

そして、翌日こそ、キャプテンと顧問が正面から向き合うことになる。

そこに待つのは、衝突か、それとも和解か。

 

俺たちはまだ知らない。

この対峙が、新たな波乱を呼ぶきっかけになることを――。

 

 

◇◇◇

 

——第8話 終——

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