――インターハイ予選当日。
足を痛めながらも強行出場したキャプテン・篠田晃(しのだ あきら)先輩は、
波に挑むたびに転倒を繰り返し、
ついに自力で立てないほどの激痛に襲われてリタイア。
結局ほとんど得点を稼げないまま、彼の大会は終わってしまった。
「怪我を押してまで挑む」と言い張った結果が、
転倒という惨い結末。
それでも先輩は「後悔はしていない」と言った。
一方で、謹慎中の黒川修二(くろかわ しゅうじ)先生は
こっそり大会会場を訪れ、
先輩の無残な姿を目にして――
何も声をかけられぬまま、
姿を消していった。
周囲は誰も救われない状況で、
大会はまだ続いている。
沙季(かわくぼ さき)先輩は予選突破を果たし、本戦へ挑むことになる。
サーフィン部の青春は止まらない。
だが今、足を負傷したまま運び出されたキャプテン・篠田先輩がどんな想いを抱えているのか、
誰一人、正確にはわからない。
「痛みの先に、もう一度立ち上がる日は来るのか?」
――そんな問いを抱えながら、部員たちの長い一日が幕を下ろす。
だが、物語はまだ終わらない。
1. 医務テントと病院送り
インターハイ予選の会場テント裏。
篠田先輩は波打ち際から引き上げられ、アイシングを施したものの、
足の痛みは尋常ではない。
呼吸も荒く、汗が流れ落ちる。
「先輩、病院に行ったほうがいい……!」
航平(相沢航平)が必死に声をかけると、
先輩は苦しそうに唇を噛み、「大丈夫だ、俺は……」と拒否の姿勢。
しかし、医務スタッフが「大会どころではないですよ」と強く薦めたため、
篠田先輩はついに観念して救護室扱いとなり、そのまま搬送されることに。
「大会は終わったんだから……無理しなくていいよ、先輩」
マネージャーの橘ひなた(たちばな・ひなた)が泣きそうな顔で付き添う。
先輩は顔を背けながら、微かに苦笑する。
「情けないな……みんなに迷惑かけて。
でも、俺はやるだけやった……」
その言葉に、誰も反論できない。
足首は腫れ上がり、靭帯や筋まで痛めている疑いが濃厚だ。
やがて救急の車で会場を後にする先輩の姿を見て、
大勢の部員や観客が同情と落胆のため息をつく。
「これが、先輩の“最後のステージ”になってしまうのか……?」
航平は苦しい思いを抱きながら、
ひなたや大谷知樹(おおたに・ともき)と共に見送った。
2. 沙季先輩の心境――本戦進出を決めたエース
一方で、同じ大会に挑む川久保沙季(かわくぼ さき)は、
予選をしっかり勝ち抜いて本戦出場を手にした。
足の問題もなく、才能を遺憾なく発揮したのだ。
「……篠田先輩、救急車で運ばれちゃったのね。
私は私で結果を出さなきゃいけないんだけど、なんだか複雑だわ」
自分の成績を喜ぶ気分にはなれないのか、
沙季先輩は険しい顔でウェットスーツを脱ぎながらつぶやく。
同じ部員たちは「おめでとうございます」「さすが沙季先輩!」と称賛するが、
沙季先輩は「ありがと」と短く返すだけで、浮かない表情が続く。
「篠田先輩が、あんな形で終わるなんて……。
黒川先生が止めたかった気持ちも痛いほどわかる。
でも、あの人は『後悔してない』って言うんでしょ? 本当にそうなのかしら」
自分の才能で見事に勝ち進んだ沙季先輩と、足を壊して途中退場した篠田先輩。
かつて二人は「全国の舞台で肩を並べる」のが夢だったと聞く。
その夢は、こうして儚く消え去ったのだろうか――。
「……まったく、スッキリしないわね」
と沙季先輩は最後につぶやき、
着替えを終えると「先輩のお見舞い、行くべきかしら?」と自問する。
周りが「きっと助かると思いますよ」「足が治ればまた……」と慰めるが、
先輩はため息をついて何も言わない。
3. 黒川先生の去就――謹慎のまま姿を消す
大会の終了後。
撤収作業が進む浜辺で、
航平と大谷はチラリと黒川先生の帽子が見えないか探すが、すでにその姿は消えていた。
どうやら先輩が搬送されるタイミングで離脱したらしい。
「……先生、どう思ったんだろうね。
盗んでまで止めようとしたのに、結局先輩は怪我してリタイア……」
大谷が苦い顔で呟く。
航平も無力感を覚える。
「うん。
正直、先輩の足が壊れる姿を見たくなくて盗んだのに、
余計に悪化させてしまった形になってるし……先生の心中は計り知れない」
ひなたがテントを畳みながら横から口を挟む。
「先生……後悔してるだろうね。きっと自分のせいで先輩の練習時間を奪って、結果がこれ……。
本当に誰も得しない結末だよ」
「でも先輩自身は『後悔しない』って言ってるし。
先生が罪悪感を抱えても、もうどうしようもない」
重い空気のまま、大会会場を後にするサーフィン部メンバー。
車の中で誰も言葉を発さない。
ただ、先輩が本当に納得しているかどうか疑問が残るし、先生も表舞台に出てこられない。
どこまでももどかしい状態だった。
4. 病院での篠田先輩
翌日、篠田先輩は入院先の病院で検査を受けていた。
航平とひなたは昼休みに面会に行く許可をもらい、病室へ向かう。
ドアを開けると、先輩はベッドでギプスを巻いた右足を投げ出している。
表情こそ平静を装うが、明らかに痛々しい。
「先輩……足、やっぱり靭帯に影響あるんですか?」
ひなたが心配そうに尋ねると、先輩は投げやりな口調で答える。
「軽い断裂があるらしい。全治には時間かかるってさ。
医者には『無理をするからこうなる』と説教された。
でも、別にいいよ。俺はやりきったし」
やりきった――
その言葉の裏に、本当に悔いはないのか?と内心問いかけるが、先輩の目はどこか虚ろ。
痛み止めか、疲労のせいか。いつもの力強さはない。
「先輩、ゆっくり治してください。
大谷や沙季先輩も心配してます。
また、足が治ったら海に戻るんですよね……?」
航平が努めて明るく言ってみる。
すると先輩は、一瞬だけ眉を動かすが、すぐにそっぽを向く。
「……さあな。
高校生活も終わりだし、この怪我でプロは無理かも。
でも、俺は“この大会”に出たかっただけだから、別にいいんだ。
もう十分、満足したし」
言葉に力がない。
ほんのり皮肉が混じった笑み。
「本当に満足?」と聞きたいが、重苦しい雰囲気がそれを許さない。
5. 航平の焦燥――「先生の気持ち、伝わってますか?」
しばし沈黙の中、ひなたがバスタオルや飲み物を差し出して「まだ痛むでしょう?」と優しくフォローする。
先輩は少しだけ「ありがと」と囁き、それっきり。
意を決した航平は、口を開く。
「先輩……黒川先生、やっぱり大会会場に来てましたよ。遠くから見てました。
きっと先輩が怪我する姿を見たくなかったのに、見ちゃったんだろうな。
後悔してると思いますよ……盗難というやり方で止めようとしたことも、先輩を救えなかったことも」
先輩は布団を握り、「そいつの話はいい……」と遮る。
「もう俺と先生は関わりないし。
あいつはあいつで、自分の過去を押しつけただけだ。俺は大会に出て、こうなった。
それだけの話」
言葉には強がりが見え隠れするが、表情は憔悴。
航平は胸が痛いが、さらに踏み込む。
「でも、もし先輩が一生サーフィンできなくなるなら、先生も報われないじゃないですか。
本当に後悔しないんですか? それを先生にちゃんと伝えたほうがいいと思うんです。
……もし、先輩が少しでも悔やむ気持ちがあるなら、先生と話してほしい」
先輩は微妙に眉を寄せ、舌打ちしてベッドを殴る。
「……悪いが、今日はしんどい。
足が痛くて頭も回らん。先生と話す余裕なんてないよ。
帰ってくれ」
その拒絶の態度に、ひなたが悲しげに頷き、
航平も仕方なく病室を後にする。
「また来ます」とだけ言ってドアを閉めた。
6. 部室の空気――沙季の哀しみ
篠田先輩が不在となった部室。
沙季先輩がキャプテン代理で仕切る形だが、顧問は謹慎、
キャプテンは病院、モチベーションは最低水準だ。
「沙季先輩、本戦に向けて練習したいですよね……」
航平が気遣うように言うが、先輩は大きく息を吐く。
「うん。私は自分の道を進まなきゃいけない。
でも、やっぱり割り切れないわ。篠田先輩が……あんな形で終わるなんて。
先生もまた姿を消しているし」
沙季先輩は自分でも苦い表情を浮かべ、言葉を詰まらせる。
「昔は篠田先輩と一緒に全国行くのが夢だったのに、なんだか全然違う結末になった。
黒川先生も暴走して、事件まで起こして……
誰も悪くないのに、みんな間違った方向に走っちゃった感じ。
ほんとやりきれない」
部員たちが下を向く。
何の救いもない展開。
“足を守りたい”という教師の想いが裏目に出て、
“今しかない”という篠田先輩の挑戦が怪我という形で終わった。
そして、部にはもう一人の存在――航平――がいる。
事件を追いながら、いつしか「自分もサーフィンをやりたい」と思うようになっていたが、こんな状況で入部するタイミングなど見出せないまま。
7. 先生の行方――手紙を残して
そんなある日、部室に「先生宛て」の郵便物が届き、職員室でも保管に困っているとの話を耳にする。
謹慎中で先生は受け取りに来ないからだ。
「先生、どこにいるんだろう? 自宅かもしれないけど……
ひなたが『面会に行ってもいいですか?』って校長に聞いたら断られたんだよね」
大谷が口を尖らせる。
その後、沙季先輩が「先生からの連絡はない」と首を振る。
さすがに書類上はまだ顧問だけど、謹慎中なので一切部との接点は断たれている。
保護者会の騒動も落ち着いたが、先生が部に復帰する展望はゼロ。
(なんだろう、先生はこのまま去ってしまうのか?
篠田先輩が怪我から回復しても、二人はもう二度と話さないのか?)
航平は漠然とした不安と、もどかしい気持ちを抱え続ける。
8. 病室での転機――“もう一度、波へ”
数日後、ひなたが「篠田先輩に会いたい」と言い出し、
航平と一緒に学校帰りに病院へ立ち寄ることにした。
足の具合が少しは良くなっているかもしれないし、前回は何も話せなかったが再チャレンジしたいという思い。
病室の前でノックし、中に入ると、先輩は相変わらずギプス姿。
表情は前よりは落ち着いているが、ベッドの上で深刻そうにうつむいている。
「あ……ひなたと航平か。悪いな、こんな姿で」
先輩は言葉少なめ。
でも前回のようにイライラはしていないようだ。
ひなたが「足、どうですか……?」と聞くと、先輩は溜息をついて答える。
「医者には、完全回復には数か月はかかるって言われた。
下手したら昔みたいにサーフィンでバリバリ戦うのは無理かもって。
俺、一生分の後悔をするかと思ったけど、意外と落ち着いてるんだ」
その言葉に、航平は胸がザワつく。
「意外と落ち着いてる」って、どういう心境なんだろう。
先輩は続ける。
「確かに痛いし、悲しいけど……“あの時”の波に乗れたから。
最後のチャレンジだった。あれで足が限界を超えたなら仕方ないって思う。
痛みが怖くても、俺は引かなかったんだから」
後悔していない、と繰り返す先輩。
しかし、その瞳にはうっすら湿りがあるように見える。
「そっか……じゃあ、もうサーフィンは諦めるんですか?」
思わず航平が聞くと、先輩は少しだけ目を伏せて黙り込む。
「医者は“無理しなければ可能性はある”とか言ってた。
でも俺は高3だろ? 卒業して、大学行くなり就職するなり……
そこまでしてサーフィンに戻るかは、まだ決めてない。
とりあえずリハビリは受けるけどさ」
リハビリ――
黒川先生も昔、怪我でプロを諦めた後、リハビリに励んだと聞く。
先生の歩んだ道を、先輩も辿るのだろうか。
ひなたは唇を噛み、「先輩が戻ってきてくれるなら、いつまでも待ってます……」と涙声。
先輩は「ありがとう」と小さく笑みを返す。
9. 和解の芽吹き――先生への一言
航平は意を決して切り出す。
「先輩、黒川先生に会う気はありませんか?
先生は“止める資格ない”って言って謹慎のまま隠れてるけど、
本当は先輩の怪我を見て、相当ショック受けてると思うんです」
先輩は少し考え込み、天井を見上げる。
「……そうだろうな。
あいつは、結局俺を止められなかった。盗難って手段で時間を奪ったのに、この結果。
そりゃショックだろう」
「会って、話してみたらどうですか?
『後悔してない』って言葉をちゃんと先生に伝えたら、先生も少しは救われるんじゃ……」
この提案に、先輩は一瞬目を閉じる。
ひなたが「そうですよ、先生は本当は先輩の笑顔が見たかったはずです」と促す。
先輩は淡い苦笑を浮かべ、
「お前ら、先生の味方かよ。
ま、いい。正直、あいつに文句もあるけど……
でも俺も少しだけ思うんだ。もし先生がいなかったら、俺はもっと足を痛めずに済んだかもしれないし、逆に最初から無理を止められてたかもしれない……」
言葉を選ぶように、先輩は続ける。
「怪我はしたけど、あの波に乗ったのも事実だ。
先生に会うなら、『俺は後悔してない』とは言うが、正直なところ複雑だよ。
でも……一回くらい話してみる価値はあるかもな。
いまさらだけど、ちゃんとケリをつけるために」
その一言は、まさに先輩の“和解への一歩”と言えた。
航平とひなたは顔を見合わせ、小さく笑う。
「よかった……先輩、ちゃんと話す気になってくれた」と安堵。
10. ラストシーン――再会の準備
病院から出る際、先輩が「退院の目処はもう少し先だが、松葉杖で動けるようになれば外出できるかもしれない」と言う。
「そしたら先生にも会ってみる」と約束する形になり、
航平やひなたは胸に灯がともる思いがした。
「必ずリハビリ頑張ってくださいね、先輩。
私たち、待ってますから」
先輩は照れくさそうに「ありがとな」と返す。
外へ出て夕日の街を歩きながら、航平はひなたと顔を見合わせ、ほっと一息。
「ようやく先輩が先生と話し合う道筋ができそうだ。
本当の和解はそこからだよね」
「うん……先生もきっと、先輩から“後悔してない”と聞けば少しは救われるはず。
でも先輩だって、実際は怪我の痛みと将来への不安があると思うから、
先生に思いの丈をぶつけてくれたら、何か変わるかもしれないね」
ひなたは希望を込めてそう言い、
航平は「うん、そうだといいな」と頷く。
事件は終わったが、まだ傷と迷いが残っている。
しかし、その“傷”はコミュニケーションによって癒せるかもしれない。
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