黒川修二(くろかわ しゅうじ)先生がサーフボードを盗み、
足を痛めた篠田晃(しのだ あきら)先輩を“止めよう”とした真相が明るみに出た。
動機は、かつて自身が高校時代に大怪我を負い、
プロへの夢を絶たれた過去。
「同じ後悔をさせたくない」という想いは美しいが、
そのために“盗難”という手段を使ってしまった歪み。
そして当の篠田先輩は、
「足の痛みなど関係ない。今しかない勝負だ」と言い張り、
インターハイ予選を目前に控えて強行出場の構え。
部顧問は謹慎処分、キャプテンは怪我で強行出場、
部の空気は極限の状態に陥っている。
――そんな中、「もう一度だけ先生と先輩が話し合えれば」と願う者は多い。
しかし、盗難という重大行為を犯した顧問は自責の念に沈み、
保護者会の騒動や校内の処分もあって、表立って姿を見せないままだ。
「このままじゃ、先輩は無茶を押し通して足を壊し、
先生はますます自分を責めるだけ……」
航平(相沢航平)はそう感じながらも、打つ手が見つからない。
果たして、**“和解への一歩”**は本当に訪れるのか――。
1. 大会直前の空気
インターハイ予選当日まで、あとわずか。
サーフィン部の部室には重苦しい空気が流れ、
誰もが篠田先輩の足を心配しながらも何もできない。
アスファルトを蹴るような松葉杖の音が響くと、
それだけで部員たちの心がザワつく。
「先輩、大丈夫ですか……?」
「痛いなら休んだほうが……」
そんな声が飛び交うが、篠田晃先輩は「余計なお世話だ」と突き放すように返すばかり。
本人の足取りは明らかに悪く、テーピングでガチガチに固めても痛みは取れず、気性が荒くなっているように見える。
だが周囲は口をつぐむしかない。
インターハイ予選は数日後。
万全とはほど遠いが、「出場する」と言い張る篠田先輩を誰も止められない。
顧問の黒川先生が止めようとして、大問題を引き起こした結果、今は謹慎中。
強制力のある大人は不在だ。
「はあ……このまま先輩を放っておいて、本当に大丈夫なのかな」
隣で大谷知樹(おおたに ともき)が暗い面持ちで呟く。
航平=俺も同じ思いだ。
マネージャーの橘ひなたは、「今日は海に行かないで治療に専念してほしいのに、先輩は聞いてくれない」と嘆く。
沙季先輩(川久保沙季)に至っては、インターハイ本戦を見据えた練習をしたいが「部がまとまらない」と苛立ちを隠せない。
全員が限界を迎えつつある。
2. ひなたの涙――「先輩を支えたいのに」
放課後、篠田先輩はまた海へ行くという。
足が痛くても、少しでも感覚を取り戻したいと必死だ。
「先輩、本当に今日は休んだほうが……昨日もかなり痛がってたじゃないですか」
ひなたが懇願するが、先輩は「黙れ。素人が口を出すな」と強く拒絶。
その一言にショックを受けたひなたは、部室の隅で涙をこぼし始める。
「……あたし、マネージャーとして足をケアしようとしてるのに……。
先輩に邪魔扱いされるなんて……」
航平や大谷が「先輩も余裕がないんだよ、気にするな」と励ますが、ひなたは唇を噛みしめる。
「うん、わかってる。
先輩が苦しいのも痛いほどわかるから……でも、こんなの悲しすぎるよ」
ラブコメ的には、ここで航平が抱きしめて慰める流れが定番……だが、人目もある。
俺はひなたの肩をそっと叩いて、静かに言う。
「大丈夫、ひなた。先輩、本当は感謝してるよ。
痛みでイライラしてるだけだ」
「うん……ありがとう、航平くん。
でも早くなんとかしないと、先輩の足が壊れちゃう」
涙を拭うひなたを見ていると、胸が苦しい。
顧問がいれば、ちゃんとメディカル面の助言があったろうに。
先生は謹慎の身で、一切口出しできない状態。
この状況こそ、先生が起こした事件の深い爪痕だと痛感する。
3. 沙季先輩が提案する「先生との面会」
海へ向かおうとする篠田先輩を見送ったあと、
航平たちが部室に残って後片づけをしていると、沙季先輩が不意に声を掛けてきた。
「ねえ……どうしても先輩が足を無視して強行しようとするなら、
せめて黒川先生と一度話してほしいと思うの。
どうかしら?」
大谷が目を丸くする。
「でも、先生は謹慎中で学校に来られないし、先輩も先生を拒絶してる感じですよね……」
沙季先輩は腕を組み、重い口調で続ける。
「それでも、あの二人は一番近い存在だと思う。
先生が止めたい気持ちも、先輩が挑戦したい気持ちも、正直言えばどちらも分かるわ。
だけど、結果的に盗難という形で衝突してしまっただけ。
だったらちゃんと和解して、足のケアのアドバイスくらい受ければいい」
真っ当な意見だ。
ひなたも目を潤ませながら頷く。
「でも先輩が先生に会おうとするかな……?
あたしが話したところで『うるせえ』って言われるだけだよ」
「うーん……そこをどうにかする方法を考えないと」
航平=俺は歯がゆい思いで唇を噛む。
一方、沙季先輩がふっと何かを思いついたように顔を上げる。
「実は、私、先生の自宅の場所を知ってる。
以前に大会の資料を届けたときについていったから……。
もし先輩をそこに連れて行ければ、先生と話すきっかけができると思わない?」
それは突飛な提案だ。
「先輩を先生宅まで強引に連れて行く……?」
大谷が驚くが、沙季先輩は真顔で「直談判が一番いい」と言い切る。
「もちろん嫌がるだろうけど、怪我を甘く見るなら、これくらい強引な手段があってもいいと思う。
足を押して大会に出るなら、最後にきちんと先生の助言や心情を聞くべきじゃない?」
確かに、篠田先輩と先生が直接会えば、何かが変わるかもしれない。
先生は過去に怪我で人生が変わった悲劇を抱え、先輩も怪我を押してでも挑戦したい意地がある。
お互いが“本音”をぶつけ合えば、後悔しない道が見えてくるかもしれない。
4. 秘密作戦「先生宅に連行する」
その日の夕方、海から戻った篠田先輩は案の定「足が痛え……」と顔をしかめながら部室へ。
そこで沙季先輩が待ち構え、「先輩、悪いけど少し付き合ってくれ」と声を掛ける。
「は? なんだよ、急に」
「いいから来て。五分だけでいいから」
先輩は面倒くさそうにしながらも、エースの沙季先輩の言葉は無視できないらしい。
松葉杖でよろよろとついて行く姿は痛々しい。
航平やひなた、大谷は少し距離を置いてついて行く。
門を出て、町中を歩きながら沙季先輩が「こっちよ」と誘導するが、篠田先輩は胡散臭そうな表情だ。
「おい、どこ行くつもりだ?」
「いいから黙って。足痛いならタクシー使う?」
「タクシー? …まあいいけど」
そうしてタクシーを拾い、先生の住所を告げる。
先輩は「……まさか」と気づき始める。
「まさか、黒川先生の家に行くのか?」
「そうよ。先生は謹慎中で姿を隠してるけど、
今なら自宅にいるはず。そこに行って一言でも話せばいいじゃない。
どうせ明日には予選なんだから、最後にちゃんと決着つけてよ」
先輩は険しい顔。
「別に先生なんか関係ない。俺は出るって決めてるんだ。
今さら会う必要なんか……」
「じゃあ勝手に帰ってもいいわよ。でも逃げるんだね? 足が痛いから行きたくない、とか?」
沙季先輩の挑発めいた言葉に、先輩はムッとした表情。
「……わかったよ。そこまで言うなら行ってやる。
盗難の件で文句の一つでも言ってやらねえとな」
タクシーの中で大谷が「ナイス誘導」と小声で呟き、
ひなたは内心ホッとする。
航平も(これで先生と話してくれれば、ワンチャン和解できるかもしれない)と期待を抱く。
5. 先生宅のドアの前
目的地に着くと、そこは小さなアパートの一室。
謹慎中ということもあり、先生は出かけてないだろう。
部員数人は廊下で待機し、篠田先輩と沙季先輩が代表でインターホンを押す。
ピンポーン……
しばし待つと、ドアの向こうから先生の声が聞こえる。
「はい……どちら様?」
篠田先輩は口を結んだままだ。
沙季先輩が「川久保です。先生、開けてください。篠田先輩もいます」と告げると、
沈黙が数秒あって、ドアがゆっくり開いた。
ドア越しに現れた先生は、すっかりやつれた表情をしている。
スーツではなく部屋着で、目の下には隈が濃い。
「お前ら……どうしてここに。
俺は謹慎中だ。会うわけには――」
「うるせえよ」
篠田先輩が不機嫌そうに言葉をかぶせる。
「あんたが俺のボード盗んだくせに、謹慎だかなんだか知らねえけど、俺には関係ない。
一言言いたくて来たんだ」
先生は視線を伏せながら「上がるか?」と呟く。
部屋の中は狭いが、雑然としており、やはり生徒を通すつもりはなかったのだろう。
篠田先輩と沙季先輩だけ入り、他のメンバーは廊下で待機することに。
6. 部屋の中――二人の衝突
簡素なリビングテーブルに向き合って座る形。
先生は疲れた顔で「茶も出せないが」と言うが、篠田先輩は「いい、すぐ帰る」と短く返す。
互いに沈黙が流れ、やがて先輩が口火を切る。
「俺のボードを盗んだ理由は知ってる。怪我をしてほしくない、だろ?
でもそれであんたが何を得たんだ? 俺の時間を奪っただけだ」
先生は重く息を吐く。
「すまない。
もう何度も言うように、俺は間違えた。
止める方法を誤ったんだ。
足を壊してほしくない一心で、取り返しのつかない行動をしてしまった」
先輩は苛立ちをあらわにしつつも、足に痛みがあるのか上手く踏ん張れない。
テーブルに体重を預けながら低く言う。
「盗んでおいて、結果どうだった?
今も俺の足は痛いままだし、練習不足で余計苦しい。
足が壊れる可能性はむしろ高まったってわけだ」
先生は苦悶に満ちた顔で俯く。
「……何もかも最悪だ。俺はお前を守ろうとして、逆に不安定に追い込んだ。
それでも、まだお前が引き返すならと……思ってはいるが、そんな話を聞く耳はないんだろう?」
「当然だ。
足がどうなろうと、俺は明日の予選を辞退しない。
仮に一生足が動かなくなっても、俺は後悔しない」
はっきり言い切る篠田先輩。
その言葉に先生は目を潤ませ、「どうして……」と呟く。
「お前が俺と同じにならないように……俺は本当に守りたかったんだよ。
昔の俺は、周囲が止めてくれなかったと恨んだ。
『ビッグウェーブに挑まなくてもよかった。もっと安全策を取ればよかった』って。
もしあのとき誰かが鍵を奪ってでも止めてくれたら、俺の人生は変わったかもしれない、と……」
悲痛な言葉。
だが先輩は表情を硬くして首を振る。
「それは先生の話だろ。
俺は先生じゃない。
怪我してもいいって覚悟を決めてるんだ。
鍵を奪われて練習時間を削られて、俺は余計に足の状態を悪くしただけだ。
それでも出るってのは、俺の意思だ」
言葉の端々から伝わる二人のすれ違い。
「俺の意思」と「俺の後悔」とが交わらない。
7. 本音のぶつかり合い
篠田先輩が、テーブルを軽く叩いて感情を爆発させる。
「先生、あんたは自分の怪我の苦しみを、俺に重ねただけなんだよ。
俺はあと一歩で届くかもしれない舞台を“足のせい”で諦めたくなかった。
それを、あんたは『守る』とか言いながら、盗んだんだ。
結果、俺は時間を失ってさらに足が悪化した。最悪じゃないか!」
先生も大きく息を吸い、
「そうだ。
俺は、昔の自分を救うつもりで、お前を止めたんだろう。
自分が『誰かに無理やり止めてほしかった』と後悔したから……。
でもお前は違う。足が壊れてもいいんだろ?
俺はお前を尊重すべきだったのに、盗難という過ちで取り返しがつかなくなった」
二人の感情が激突し、部屋には張り詰めた空気が漂う。
「……やっとわかったか、先生。
でも、もうあんたが何を言っても遅い。
俺は明日出る。
足がどうなるかはわからないが、後悔しないために行くんだ」
先生は眉をひそめながら、苦しげに「そうか……」と返す。
「もし本当に足が壊れても、俺のせいにはしないでくれよ。
お前をもっと安全策に誘導すべきだと知りながら、盗むという暴挙しかできなかった俺。
もう何の立場も権限もないけど、最後まで見守りたい。
明日、俺もこっそり大会に行くつもりだ」
先輩は舌打ちしながら「勝手にすれば」と呟くが、その表情はどこか吹っ切れたようにも見える。
8. 和解への一歩――握手ではなく見守り
沈黙が降り、篠田先輩と先生は目を合わせる。
今までのような激しい怒鳴り合いとは少し違う空気。
「……先生、あんたにだけは負けたくなかったんだよ。
俺が足を壊そうが、俺自身が決める道だ。
あんたの“過去の苦しみ”を押しつけられる筋合いはない」
「わかってる。
すまない……。
せめて怪我が悪化しないように祈ってる。俺はもう止める資格がないから」
先輩は溜め息をつき、「じゃあ、帰るわ」と立ち上がる。
足をかばって壁に手を添えながら、ふと一瞬、先生に背を向ける仕草。
先生も“握手”を差し伸べようとしたが、タイミングが噛み合わない。
二人は、結果的に目をそらし合ったまま無言となり――
それでも、どこかしらわずかな“納得”のような雰囲気を漂わせ、先輩は部屋を出て行く。
ドアの外には沙季先輩や航平、ひなた、大谷たちが待機していたが、
先輩は何も言わずに「帰るぞ」とだけ言う。
ひなたが慌てて「先輩、足……」と支えようとするも、「平気だ」と突き放す口ぶり。
9. 廊下の会話――先生の見守り
ドアを閉めた直後、部屋の中から小さく聞こえる声があった気がする。
誰も確信はないが、ひなたが「もしかして先生が『頑張れ』って言ったんじゃ……」と感じ取る。
先輩は聞こえなかったのか、表情は変わらないままエレベーターへ歩いて行く。
航平も大谷も、声を掛けづらい。
沙季先輩だけが、意を決して背中から呼び止める。
「先輩、先生から何か言われました?」
先輩は少し立ち止まり、
「特にない。
ただ、あいつも『見守りたい』って言ってるらしい。
……ま、俺には関係ないけど」
それきり話を打ち切るように歩き出す。
部員たちは言葉が出ない。
だが、その足取りがほんの少し軽くなったようにも見える。
(わずかながら、先輩と先生は互いの本音をぶつけ合った。その結果がこれ……)
航平はそう感じ、心の中でホッとする。
10. ――いよいよ明日、インターハイ予選
こうして、篠田先輩と先生は完全な和解とはいかないまでも、最低限の“理解”を得る形になった。
先輩は足を押して大会に出る。
先生はそれを受け入れ、こっそり見届ける。
彼らにとって、それが**「和解への一歩」**なのかもしれない。
痛みも苦しみも残るが、互いに「最後までやる」という意志は揺るがない。
翌日はいよいよインターハイ予選。
沙季先輩は本戦出場を狙う。
航平やひなた、大谷たちも応援とサポートに回る。
顧問はいないが、副顧問と部員だけで何とか手配が済んだ。
「足を痛めても出る篠田先輩、謹慎中でも見守りたい先生――
この衝突の先に、どんな結末が待っているのか?」
波は確実に高まっている。
篠田先輩の一か八かの挑戦、先生が抱える過去のトラウマ、
そして部員たちの期待と不安が交錯する中、時間は止まらない。
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