第11話「最後の手段――キャプテンの賭け」-『波間に揺らぐ、あの日の勇気』

――夕暮れの校舎裏で、謎めいた言葉を残して去っていったCくん。

そして、電話越しに「最後の手段」を口にしたキャプテン・篠田晃(しのだ・あきら)先輩。

 

ひとつの事件が、二つの不穏な予感を呼び寄せている。

サーフボード盗難の真犯人はまだわからず、足の怪我を抱えた先輩の大会への想いは高まる一方だ。

さらに、黒川修二(くろかわ・しゅうじ)先生をめぐる疑惑は徐々に晴れつつあるものの、

「誰が物置の鍵を使ってボードを隠したのか」 という大本の謎が解決していない。

 

大会までの日数はほとんどない。

いったいどうなる――?

そんな焦りのなか、俺(相沢航平)・大谷知樹(おおたに ともき)・橘ひなた(たちばな ひなた)は、

再び動き出そうとしていた。

 

 

◇◇◇

 

1. 朝のHRと体育館裏の噂

 

翌朝。

教室では相変わらず「サーフィン部のボード盗難事件」への関心が高い。

「未だに見つかってないらしいよ」「先生が犯人じゃないなら、誰なんだろう」など、

誰もが興味本位で話題にしているが、当事者にとっては深刻な問題だ。

 

隣の席の大谷が、俺に小声で囁く。

「昨日、Cくんと会ったんだろ? どうだった?」

 

「……かなり荒れてた。『篠田先輩のボードなんか、無くなったままでいい』とか言ってた」

 

俺が答えると、大谷は苦い顔をする。

「そっか……嫉妬や怒りを抱えてる奴が犯行に走るって、ありうるよな」

 

「うん。だけど断定できない。

 もし本当にCくんが犯人なら、昨日のタイミングでボードを移動させようとしててもおかしくないけど……」

 

少し迷うような視線を向けると、大谷は「…確かになあ」と唸る。

 

“Cくんが怪しい”という直感はあるが、決定的な証拠や動機の裏づけが不足している。

仮にカギを使ってボードを隠したのがCくんなら、それをどう証明するのかが問題だ。

 

「そういや桐生先輩が『先生のアリバイを監視カメラで確かめる』って言ってたけど、どうなった?」

 

大谷の問いに、俺は「聞いてみるしかないな」と答える。

朝のHRが終わったら、生徒会室に行くか。
そう思っていた矢先、体育委員を兼ねているクラスメイトが「体育館裏の器具室が荒らされてたらしい」と話しているのが耳に入った。

 

「……また器具室の話?」

 

頭の中で「退部生が夜に器具室で補修パーツを隠そうとしていた」事件がよみがえる。
あれは結局、本人が目的を白状して“犯人じゃなかった”とわかったが……。

もしかして今度は別の人間が同じ場所を利用しているのか?

 

(ボード盗難犯が器具室や倉庫をうろついている可能性はずっとある。
 Cくんと関係しているのか、それとも全然別の動きなのか)

 

ざわざわした胸を抱え、1時間目のチャイムが鳴った。

授業に集中できる気がしない。

 

(篠田先輩は今日、また部室に来ると言っていたし、“最後の手段”を話すって――
 嫌な予感がするが、何とか止められないだろうか)

 

そんな思いがぐるぐる巡る中、午前の授業は過ぎていった。

 

 

◇◇◇

 

2. 黒川先生のアリバイ映像

 

昼休み。

俺たちは大谷、ひなた、そして川久保沙季(かわくぼ さき)先輩と合流し、生徒会室へ向かった。

桐生瑞貴(きりゅう みずき)先輩がカメラ解析の経過を教えてくれるとのことだ。

 

「来たわね。待ってたわ」

 

静かな生徒会室で、桐生先輩はPC画面をこちらに向ける。

そこには、夜間の監視カメラ映像の一部が再生されていた。

 

「もともと校内の監視カメラは限られているし、画質も悪いわ。
 でも、黒川先生が“深夜には来ていない”と主張する日は、確かに大きな人影は映っていない」

 

画面には廊下が映し出され、人影が横切るタイムスタンプが表示されるが、
フードを被った人物や先生らしきシルエットは確認できない。

 

「ただ、これだけだと“抜け道”もあるし、完全なアリバイにはならない。
 職員室のカメラが壊れていて、録画が止まった日もあるのよ」

 

「壊れてた……それって犯人が故意に壊した可能性は?」

 

大谷が身を乗り出すと、桐生先輩は首を振る。

 

「そこまではわからない。単なる機材トラブルかもしれないし、偶然かもしれない。
 でも黒川先生の立場としては、一応“映っていなかった”という主張ができるわね」

 

つまり、先生が“深夜に忍び込んだ”証拠は見つからない。
それが真犯人否定の一助にはなるが、決め手には弱い。

 

「先生自身も“夜に職員室へ戻ることはある”って言ってたし、
 それが早い時間ならカメラには映らないケースもあるかも……」

 

ひなたが唇を噛む。

結局、映像から「先生が犯人だ」という証拠も、「先生が完全シロだ」という証拠も出てきていない。

 

「ただ、もっと注目すべき映像があるわ」

 

桐生先輩が別の動画を開く。

「これ、校舎裏の廊下カメラで、時間は夜9時すぎ……ちょうどボードが消えた日の翌日なんだけど、
 やはりフード姿の人影が映ってる。顔はわからないけど、体格がけっこう小柄に見えるの」

 

「小柄……」

 

俺は思わずCくんや退部生などの容姿を頭に思い浮かべる。

“天才サーファー”と呼ばれる篠田先輩や沙季先輩は背が高いし、
黒川先生も体格が良い方だ。

小柄な部員は他にも数人いるが……Cくんもあまり大きくはなかったはず。

 

「この映像、夜9時だと警備員さんが見回りする前後ですよね?」

 

大谷が指摘すると、桐生先輩は頷く。

「警備員さんがちょうど別のエリアを巡回していて、ブラインドスポットだったのかもしれない」

 

それから再生を続けると、人影が校舎裏へ出ていくのが映る。

「外に出たあと、校庭を横切ってどこかへ消えた……ここまでしか映っていないわ」

 

これを見て、ひなたがふと手を挙げる。

「これ、何かを抱えて歩いてるように見えませんか? 荷物っていうか……」

 

画質が粗いが、確かに抱きかかえるように動いているのがわかる。
ボードほど大きいものではないが、袋か箱のようなものが影に映っているっぽい。

 

(ボードの一部? それとも補修キット? 確か退部生も器具室で何か袋を持っていたが……)

 

頭が混乱する。

もしこの小柄な人影がCくんだとしたら?

あの夜に「ボードの一部でも運んでた」可能性は……?

 

桐生先輩が言葉を続ける。

 

「この映像の時間帯、先生は自宅にいたらしく、職員室の残業ログとも矛盾しない。
 つまり“黒川先生じゃない誰か”が夜の校舎に侵入し、物品を持ち出した……という強い可能性が見えてくるわ」

 

みんなの目に緊張が走る。

(これはかなり大きな手がかり。先生の疑惑はかなり薄れるし、“真犯人は小柄な部員”説が濃厚に思えてきた)

 

「一気に絞れるね……」

 

ひなたが声を震わせる。

Cくんを含む数名が頭に浮かぶが、実際に問い詰めるには確証がまだ弱い。

しかし、これまでに比べれば、はるかに真相へ近づいた感触がある。

 

(なんとか、この映像をもとにあの子を追い詰められれば……)

 

そう思いつつ、俺たちはひとまず桐生先輩にお礼を言い、部活の時間に合わせて生徒会室を後にした。

 

 

◇◇◇

 

3. 最後の手段――キャプテンの決意

 

放課後。

サーフィン部の部室にはいつものように憂鬱な空気が流れていたが、

キャプテン・篠田先輩が松葉杖を突いて現れると、部員たちが一斉に目を見開く。

 

「先輩……足、まだ辛いのに……!」

 

ひなたが駆け寄ると、先輩は痛みに耐えながらも微かに笑う。

「足は痛いが、最後まで責任を果たしたい。……みんな集まってくれないか」

 

その声に従い、部室にいた部員たちは即席のミーティングをするかたちに。

黒川先生はまだ来ていない。
先輩がそれを待っていたかのように口を開く。

 

「みんな……インターハイ予選まであと数日。
 正直、俺はこの足で出られるかどうか絶望的だと思ってる。
 でも、それでも諦めたくない。
 だから……俺は“痛み止め”を使ってでも大会に出ようと思う」

 

部員たちがざわめく。

「そんな無茶だ……」「骨や靭帯に傷が残るって先生が言ってたじゃないすか」など、

否定的な声が飛ぶ。

 

先輩は苦しそうに眉を寄せる。

 

「わかってる。将来に支障が出るかもしれない。
 けど、俺はもう高校最後だし、この大会を逃したら一生後悔する。
 だから、怪我の痛みはどうにか薬で抑えたい。
 そのために医者にも相談したけど、反対された……
 でも、俺にはこれしか道がないんだ」

 

(“最後の手段”って、そういうことか……)

 

押し黙る部員たち。

俺は心臓がドキドキする。

(先生が聞いたら激怒するだろう。だが、先輩の気持ちも痛いほどわかる)

 

すると、沙季先輩が唇を噛んで、声を上げた。

 

「篠田先輩……足を潰したら、今後サーフィンどころか日常生活に支障が出るかもしれない。
 それでも出るの?」

 

「……ああ。俺にはそれしかない」

 

力強いまなざし。

この葛藤があったから、先輩は「最後の手段」を口にしたのだ。

 

大谷が困惑して「先輩、本当に止めましょうよ……」と言うが、先輩は笑みを浮かべて首を振る。

 

「ごめん。誰が反対しても、俺は出る。
 ボードがまだ見つかっていないが、それでも足を引きずってでも出たい。
 無理なら代わりのボードを使ってでも……」

 

ひなたが思わず涙ぐむ。

「先輩、それで優勝しても……先生が知ったら、きっと……」

 

先輩は視線を落とし、苦い顔。

「先生にはもう嫌われても仕方ない。足を犠牲にしてでも挑みたいんだよ。
 ……そうしなきゃ、俺は一生、前に進めないから」

 

胸が抉られる思いだ。

部員たちの中には「先輩なら応援する」「いや、危なすぎる」と意見が割れ始める。

 

そのとき、部室のドアがガラリと開いた。

黒川先生が入ってくる。

 

「篠田、お前……足を酷使してでも大会に出るつもりなのか?」

 

先輩が苦い表情で頷く。

「はい。先生がどう言おうと、俺は出ます。
 痛み止めだって飲みます。今も何度か試して、ある程度動ける感触もあるんです」

 

先生は表情を歪め、

「馬鹿なことを……! そんな状態で波に乗ったら、取り返しのつかない怪我になるぞ!」

 

「それでもいい!
 先生に盗まれたなんて疑いをぶつけてきたけど……たとえボードが戻らなくても、俺は出る。
 先生に怒られても、怪我がひどくなっても、もう止められないんだ!」

 

先輩の叫びに、部室全体が息を飲む。

先生は苦しそうに目を伏せる。

 

「どうしてそこまで……」

 

「先生が昔、周りの期待を背負って無理をして怪我をしたという話、聞きました。
 それと同じことを俺が繰り返すのが嫌なんですよね?
 でも……俺は、後悔したくないんです。
 先生が怪我してサーフィンを絶ったとき、本当に周りは責任を感じたのかもしれない。
 でも、先生の心の底には“挑戦せずに終わったらもっと後悔していた”って想いもあるんじゃないですか?」

 

その言葉に、先生の目が見開かれる。

 

「俺は、たとえ大怪我しても、一度は“自分の限界に挑戦した”って思えるなら納得できる。
 ……先生にも、それがわかるでしょ?」

 

先輩の声は震えているが、決意の色が濃い。

先生は唇を噛み、拳を握りしめるが、反論の言葉が出てこない。

 

(なんて痛ましい衝突だ……互いに正しいことを言っているのに、すれ違ってる)

 

部員たちも息を潜めるなか、先輩は最後にこう呟く。

 

「先生、最後までありがとう。俺の面倒を見てくれたことは感謝してる。
 でも、もう止めても無駄だから……。
 俺には時間がない。少なくとも“足が完全に治る”のを待っていたら、二度と今の舞台には立てない」

 

先生は顔を伏せたまま動かない。

部員たちは誰も声をかけられず、ただ沈黙が部室を支配する。

 

(どうする……このまま先輩が無理をして大怪我してしまったら、本当に取り返しがつかない。
 でも、先輩の気持ちを無下に否定するのは酷だ)

 

そんな思いで震える俺たちを余所に、先生が絞り出すように言う。

 

「篠田……お前……そこまで言うなら、もう俺は何も言わない。
 ただ……本当に後悔しないように、ボードを取り戻すんだな。
 俺にはそれくらいしか、もうできそうにない」

 

先輩はちょっと意外そうに見返す。

先生が「諦めろ」といつものように言わなかったからだろう。

 

「先生……」

 

「お前が決めたことなら、もう止めない。
 ただし、俺は“怪我したら一生を棒に振る”という現実を最後まで伝える義務がある。
 それでも構わないんだな?」

 

先輩は苦しげに笑みを浮かべ、「ああ……」と答える。

どこか静かな覚悟を感じる。

 

(先生も先輩も、ようやく正面からぶつかった末に出た結論……だけど、これでいいのか?
 俺たちはまだ“真犯人”を捕まえられてないし、ボードも戻ってない。
 大怪我するリスクを抱えて、先輩は大会に挑もうとしている……!)

 

胸がざわつく。

時間は残り僅か。
もし本当にボードが見つかれば、先輩は嬉々として大会へ飛び込むだろう。
その足がどうなってもおかまいなしに……。

 

(何とかしないと……!
 犯人を見つけて、ボードが破損しているなら修理する手立てを早く用意して、先輩の負担を少しでも減らしたい)

 

そのとき、教室棟から走ってくる足音。

誰かが部室のドアを急いで開け、息を切らせながら叫ぶ。

 

「おい……大谷とひなたが、Cくんを捕まえたってよ!
 何か事件に関係ある話を聞き出したらしい!」

 

どよめく部員たち。

(Cくん……! ついに捕まったのか!?)

 

先輩もハッと顔を上げる。

「Cくんが盗難に関わってるのか……!」

 

先生は眉をひそめながら、「行ってみるか」と言う。
みんなで部室を出て、教室棟へ向かう。

 

(このタイミングでCくんが動いたなら、ほぼ間違いなく何か知ってる!

 もしボードの在処がわかれば、先輩が最後の手段を使わずに済む可能性だってある……)

 

心臓の高鳴りを感じながら、俺たちは廊下を全力で駆け抜ける。

まもなく、事件はクライマックスを迎えるのかもしれない――。

 

 

◇◇◇

 

——第11話 終——

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