第11話「戻ってきた日常と、止まらないトラブルの予感」
1. 合宿明け、大学の空気は冷たい?
「おはよう、みんな。合宿お疲れさま!」
合宿から帰還した翌週、いつものように大学キャンパス内のサークル練習室に私たちは集まっていた。合宿の熱気がまだ残っているのか、みんな少しテンションが高い。
だけど、教室棟の廊下を歩くと、いつもとは違う冷たい風が吹き抜ける。それもそのはず、季節はもうすぐ秋本番。文化祭が近づいている証拠でもある。
私は改めてメンバーの顔ぶれを確認する。合宿のおかげでチームワークが高まったし、初心者組もかなり上達した。だが、一方で大きな問題が一つ――そう、真琴の足首だ。
「ねえ真琴、足の具合どう?」
私、**桜井 小春(さくらい こはる)**がそっと尋ねると、**佐藤 真琴(さとう まこと)**は意地っ張りな笑みを浮かべて首を振る。
「ま、だいぶ良くなったんだけど、まだ痛いね。ドクターにもしばらくは動きを抑えろって言われてる」
「そっか……焦らないようにね。本番まではあと1か月あるし、ちゃんと治さなきゃ」
真琴は悔しそうな表情を浮かべつつも「わかってるよ……」と頷く。
この足首問題が、今後のフォーメーションや振り付けにどこまで影響するのか――正直、不安は大きい。でも、リーダーとして皆を励ましつつも、現実的な対処をしなくては。
2. 文化祭実行委員会からの通達
「小春ちゃん、ちょっといい?」
合宿明け最初の練習が終わった後、先輩の青山 リカが私に声をかけてきた。就活で忙しい先輩だが、文化祭が近づくこの時期、再びサークルに顔を出す機会が増えている。
「リカ先輩、お疲れさまです。どうかしましたか?」
「文化祭実行委員会から連絡があってね。ステージ進行とかリハーサルについて、いろいろ決まったみたいよ。時間割とか音響チェックとか、結構細かい要望があるらしいわ」
「そうなんですか……」
そういえば、毎年文化祭ではダンスサークル以外にも色んな団体がステージを使うから、リハーサルや本番時間がぎゅうぎゅう詰めになると聞いたことがある。
リカ先輩が見せてくれた資料には、「ダンスサークルの持ち時間は15分以内。ステージ裏での機材は最小限」「リハーサルは本番前日の夕方に30分だけ」など、具体的な制約が並んでいた。
「30分リハ……けっこうキツいですね」
「そうなのよ。去年はもう少し時間あったはずなんだけど、今年は他のパフォーマンス団体も多いみたいで」
たしかに、私たちのメドレーは4パート+つなぎを合わせると10分ちょっと。転換や出入りを考えたら、本番はギリギリ15分に収まるかどうか。リハでどれだけ動きの確認ができるか不安になる。
「あと、衣装や小物の出し入れもスムーズにやらないと、本番で焦るかも。どうするか、考えておいてね」
「は、はい。真由や翔とも相談してみます!」
合宿で結束は高まったが、現実的な時間制約やステージ規定があることを痛感させられる。ますます忙しくなりそうだ……。
3. 衝撃の知らせ:ステージ音響プランの変更?
翌日、さらに大きなニュースが飛び込んできた。大学側の文化祭実行委員会から、ステージ音響システムの都合で、リハ当日に機材点検が入るため音源チェックが短くなるかもしれない、という通達があったのだ。
「えっ、それってどういうこと?」
音響機材を管理している学生スタッフが足りないらしく、リハの時間帯で別のイベント機材も動かす必要があるらしい。
「もしかして、うちらの音響リハにほとんど時間が割けないってこと?」
**大谷 翔(おおたに しょう)**が情報を聞いて青ざめる。彼はディスコパートを担当していて、音楽の細かい編集やアクロバットのタイミングなどにこだわっていた。
私も焦りを感じる。合宿ではダンス面を詰めてきたけど、本番で実際に音響トラブルがあったら目も当てられない。
「とりあえず、委員会の担当の人と連絡を取らないと……」
私はその日のうちに、実行委員の知人に連絡を試みたが、委員会側もてんやわんやらしく、返事がスローペース。文化祭に向け、大学全体が騒がしくなってきた証拠だ。
4. 足首養生中の真琴、焦りと葛藤
一方、足首の痛みが残る真琴は今、思うように動けない状況に歯がゆさを感じている。練習室の隅でストレッチをしていた彼女のもとへ、私が心配そうに声をかけた。
「真琴、今日はどう? 無理しないほうがいいけど、一応動いてみる?」
「うーん、ちょっとずつステップ踏んでみたけど、やっぱり痛みはあるね……でも、文化祭までに感覚を取り戻さないと」
彼女の表情には、合宿最終日のアクシデントで踊れなかった悔しさがにじみ出ている。普段の真琴なら豪快に笑い飛ばすところだが、今回はじっと唇を噛んでいる。
見かねた**宮田 シズク(みやた しずく)**も、「焦る気持ちはわかるけど、動かせない部分を補う練習方法を考えるしかないわ。足への負担を減らす振り付けに変えてみるとか」とアドバイス。
「えー、それってロックパートのインパクトが下がるんじゃ……」
真琴が不満げに言うのも無理はない。合宿で練り上げた大技を削るのは惜しい。
だが、シズクは冷静に続ける。「本番で動けなくなるリスクを考えたら、今できることを最大限やるのが現実的でしょ。もし回復が見込めるなら、ギリギリまで様子を見つつプランBを用意するの」
そんな二人のやり取りを見守る私。リーダーとして、真琴の想いを尊重しつつもチーム全体の完成度を優先すべきか、悩みは尽きない。
5. 衣装チームの暴走再び? 真由の新アイテム
練習室の奥では、鈴木 真由(すずき まゆ)がまたファッション雑誌を片手に「これどうかな?」と話しかけてくる。今度はLED手袋ではなく、光るペイントを腕に塗るアイデアを仕入れてきたらしい。
「ディスコパートのとき、暗転に合わせて腕を光らせたらめっちゃ面白そうじゃない?」
「また光ネタ……。そういえば以前はLED手袋って言ってたよね」
「うん、手袋はコストがかかりすぎるし、踊りにくいって話になったじゃん? でもこれなら安いし塗るだけだし、いいかも!」
真由はそう説明しながら、ネットで見つけた光るペイントの画像を見せてくる。たしかに暗闇で手や腕が浮かび上がる演出は面白いかもしれない。
ところが、翔が「待てよ。ステージってどの程度暗転できるんだっけ? 照明設備も限られてるし、実行委員会の資料だと“完全暗転は3秒以内”とかあった気が……」と渋い顔で指摘。
「え、マジか。じゃあ暗転時間が短かったら、このペイントが活きるかどうか微妙じゃん……」
「ですよね……」
真由と翔がガックリ肩を落とす。あれだけ楽しそうにアイデアを語っていたのに、現場の制約で実現が難しくなる。このギャップがなかなかツラい。
リーダーの私がフォローに入る。「でも、暗転は短くても、クールパートからディスコパートへの場面転換で一瞬舞台が暗くなるでしょ? その数秒だけでも使えないかな?」
すると二人は「あ、それいいかも!」と再び目を輝かせる。まだ可能性はゼロじゃない。問題は実行委員会との交渉次第だが、演出のアイデアを捨てるには惜しい。
6. リーダー小春、再び調整の嵐に
そんなふうに、それぞれが抱える問題が山積み状態――真琴の足首、音響リハ不足、衣装や照明の制約など。私は再びスケジュール表やタスク管理メモを開き、頭を抱える。
「合宿でせっかくまとまったと思ったのに、まだこんなにトラブルが……」
だが、これが「文化祭前のリアル」なのだろう。大学全体がバタバタしているし、サークル内の個性が強い。問題を一気に解決できる魔法はない。
私はノートにやるべきことリストを書き込む。
- 真琴の足首問題
- 完全回復がいつになるか未定。もし治りきらない場合、ロックパートのアクロバットを削除 or 簡略化。代わりに誰かがサポートできるか?
- ステージ音響リハの時間不足
- 委員会と相談して、どうやって最小限の確認をするか。曲の繋ぎや音量調整が本番で失敗しないよう、事前に別の方法でリハ可能?
- 暗転・照明プラン
- 真由&翔の演出アイデアを実行委員会に打診。暗転時間を何秒確保できるのか?
- 初心者組の最終仕上げ
- 合宿で上達したとはいえ、本番で緊張してミスらないよう、基礎練習のフォローを継続。
うーん、書き出すだけでも頭がクラクラする。でも、リーダーとして一つずつ対応していかなければ。
7. 思わぬ助っ人? リカ先輩の就活一段落
そんな混乱の中、少しだけ嬉しいニュースが飛び込む。リカ先輩が就活の内定を得たらしく、文化祭までは比較的時間を作れるというのだ。
翌週の練習後、リカ先輩が現れてこう言った。
「小春、いろいろ大変そうね。私もステージ実行委員会に顔が利くし、音響スタッフの先輩に知り合いがいるから、少し調整してみようか?」
「本当ですか!? 助かります……!」
思わず手を合わせて感謝する私。これでステージリハの時間が多少でも伸ばせる可能性があるし、暗転時間の制約も先輩から話してもらえば柔軟にしてもらえるかもしれない。
リカ先輩はいつものポニーテールを揺らしながら微笑む。「私も3年生として、最後の文化祭をしっかり楽しみたいからね。リーダーはあくまで小春たち二年生だけど、陰ながらサポートするわよ」
頼もしい……! こうして、チームの危機をどうにか乗り越える道筋が見えてきた気がした。
8. 初心者組の意外なトラブル
ところが、そう上手くばかりも運ばない。今度は初心者組から、数人が「授業が忙しくて練習に参加できない」「バイトやゼミが重なって時間が足りない」と言い出したのだ。合宿直後はモチベーションが高かったのに、ここに来て現実的なスケジュールで悩むメンバーが増えてしまった。
「合宿で上達したのに、ここで練習時間が減ったらまた追いつけなくなるんじゃ……」
私が困惑していると、中村 咲が小声で教えてくれた。「バイト先が人手不足で、週末のシフトを増やさないといけなくなったメンバーがいるんです。私もゼミの中間発表があって、時間配分が難しくて……」
大学生とはいえ、授業やアルバイトとの両立はみんなの共通の課題。文化祭だけに全力を注げるわけじゃない。
「わかった。そしたら練習日はなるべく平日夕方をメインにして、週末は自主練が中心……みんなで共有できるように、動画とかもアップしよう。LINEで進捗を常に報告して?」
「はい、そうします! それなら、なんとか頑張れそうです」
咲ちゃんが少し安心した顔になる。こうやって細かくやり取りしながら乗り越えるしかないんだな、と改めて痛感する。
9. 小春の決意、いざ仕上げへ
いくつものトラブルを抱えつつ、私たちは文化祭まであと3週間ほどという段階に入った。ステージ音響のリハ時間はまだ不透明、真琴の足も完治の見込みがギリギリ。初心者組も毎日参加できるわけじゃない。
それでも、合宿で培った結束力や、リカ先輩のサポートが大きな支えになるはずだ。リーダーとして、私は調整役に徹しながらも、モチベーションを下げないように皆に声をかけよう――そう心に決める。
とある放課後の練習終了後、真琴がぽつりと私に話しかけてきた。
「小春、アタシの足が万が一治らなかったら……ロックパートのセンターは誰かに替えるかもしれない。今のアタシがステージ全体を引っ張れないのは、みんなに悪いし……」
「え? そんな……」
真琴の言葉に、私は思わず言葉を飲み込む。彼女がロックパートの中心的存在だからこそ、インパクトが生まれているのに。でも、真琴がそれを自ら言い出すのはよほどの覚悟があるはずだ。
「……まあ、まだ諦めたわけじゃないし、できる限り回復を目指すけど。もしもの時は、小春にちゃんと相談するから」
その目は、悔しさを滲ませながらも何かを吹っ切ったような決意を感じさせる。私は強く頷いて、「わかった。絶対に一人で抱え込まないでね」とだけ返した。
エピローグ
こうして、合宿後の新しい日常が動き出した。チームは確かに成長したが、文化祭ステージまではまだ数多くの問題が立ちはだかる。
- 真琴の足首が快復するかどうか。
- 音響リハ不足の可能性。
- 衣装や演出の暗転制限。
- バイトやゼミで忙しくなる初心者組。
しかし、私たちは一歩ずつ、ステージに向けた歩みを止めるわけにはいかない。むしろ、課題があるなら工夫で乗り越えるしかないのだ。
「ステップ・バイ・ステージ」――このフレーズを心で唱えるたび、合宿の思い出やみんなの笑顔が蘇る。あの時と同じく、きっと今度も大丈夫だ。リーダーとして、私は仲間を信じて、最後まで走り抜こうと思う。
文化祭まで、あと3週間。
時計の針は止まらない。でも、私たちの熱い思いも、決して止まらない――。
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