放課後の校舎には、部活動を終えて帰る生徒たちの笑い声や、廊下を行き交う足音がかすかに残っていた。窓から差し込む夕日が、長い影を床に描き出している。そんな中、まだ教室に残っている三つの人影があった。
彼らの名は、レオ、ナオキ、ソウタ。三人合わせて、周囲からは**「ソレナトリオ」**と呼ばれている。最初はクラスメイトの冷やかし半分で付けられたあだ名だったが、気づけば三人とも気に入り、いつの間にか定着してしまった。
1. 三人の放課後
「おい、レオ! 走るなら一言言えってば!」
教室の扉を勢いよく開けたレオを、ナオキが慌てて追いかける。レオは短気でおっちょこちょいだが、面白いことを見つけると猛ダッシュしてしまう性格だ。
「悪い悪い。でもさ、ナオキ遅すぎ!」
振り向きもせず、レオは教室から飛び出し、廊下を駆け抜ける。後ろを追うナオキは、眼鏡のブリッジを押し上げながら息を切らしていた。彼は知識が豊富で理屈っぽいが、決して運動音痴というわけでもない。ただレオの勢いに付き合うのが大変なのだ。
「はぁ…はぁ…。レオはどうしてそう急ぐのさ…。」
ナオキの視線の先に、ソウタの姿があった。ソウタはのんびりと歩きながら、苦笑いを浮かべている。
「ごめんね、ナオキ。レオって一度思い立つと、まっしぐらだから。」
「……はぁ、まあ慣れてるけどさ。」
ソウタはのんびり屋で誰にでも優しい性格だ。三人の中では一番穏やかで、いつも二人の橋渡しをするような存在でもある。
2. ソレナトリオの由来
三人が自然に集まって行動するようになったのは、小学四年生の中頃からだった。遠足の班分けで一緒になったのがきっかけだ。クラスメイトから「いつも一緒にいるな」「まるで三人組だ」と茶化され、ふと誰かが「ソレナトリオ」と呼んだ。最初はバカにされているようで嫌だったはずが、三人で冒険ごっこをしているうちに、いつの間にかそれがチーム名のように感じられた。
「俺たち、ソレナトリオって名前で呼ばれてるけど、結構カッコよくね?」
レオがそう言い出したのが、ちょうど夏休み前のこと。ナオキは渋い顔をしていたが、「そう悪くもない」と言い、ソウタは「響きがいいよね」と笑った。今では先生たちも、「ソレナトリオ」と呼ぶようになったくらいだ。
3. クラスメイトの噂話:七不思議って?
「ところでさ、最近ちょっと気になる話があってさ。」
レオが廊下の角を曲がり、足を止めた。ナオキとソウタも思わず足を止め、レオの言葉を待つ。
「旧校舎の七不思議、知ってる?」
「七不思議? ああ、なんか噂だけは聞いたことあるよ。夜の音楽室がどうとか、理科室で人体模型が動くとか。」
ナオキは腕を組みながら、あまり興味のなさそうな声を出す。
「そうそう、それ。最近6年の先輩が、夜に音楽室で勝手に鳴るピアノを聞いたって騒いでたんだって。」
レオの話に、ソウタがやや青ざめた表情を浮かべる。
「えっ、そんなの本当にあったら怖いよ…。」
「怖いよなあ。でも、面白そうでもあるんだよ。」
レオは得意げに笑う。するとナオキは嘆息しながら言った。
「どうせ風とか建物の軋みとか、科学的に説明できるもんだろ? 何も本当に幽霊がいるわけじゃなし。」
「また理屈っぽく言ってるけど、実際に見たことあるのか?」
「……ないけど。」
レオの追及に、ナオキは言葉を濁した。ソウタはクスクスと笑いながら、二人のやりとりを眺めている。
4. 合言葉「それな!」
「で、どうする? せっかくだし、噂の真相を確かめに行ってみようぜ。」
レオが目を輝かせながら提案すると、ナオキはまた眉をひそめた。ソウタは少し戸惑うように視線を左右にさまよわせる。
「えーっと……でも先生に見つかったら怒られるんじゃ?」
「まあ確かに。でも、いいじゃん。ちょっとくらい探検したってさ。」
レオはニヤリと笑う。そして三人の顔が一斉に見合った瞬間、自然と口をついて出る合言葉があった。
「それな!」
この言葉は、三人が一緒に何かを決めるときに必ず発せられる。まるで心がひとつになる証拠のようだった。クラスメイトがふざけて真似してくることもあるが、ソレナトリオにとっては大事な合図だ。
5. レオの小さな冒険心
レオは昔から「ちょっとした冒険」を見つけ出すのが得意だった。幼稚園のときには、公園の裏にある空き地を「秘密基地」にして、近所の子どもたちと遊んでいた。小学生になってからは、学校の敷地内にある小さな茂みを掘り進め、虫の巣を探したこともある。
「なあナオキ、昔のこと覚えてる?」
レオは階段を上りながら、ふと懐かしそうに言う。ナオキは怪訝そうな顔をした。
「どれのことだ? お前の冒険話は多すぎて、どれを指してるのか。」
「ほら、1年のとき、体育倉庫で隠れんぼしてて、先生にこっぴどく怒られたじゃん。」
「ああ……それか。確かに怒られたけど、お前が最初に『行こうぜ!』って誘ったんだよな。」
「へへ。あれも結構ワクワクしたろ?」
ナオキは呆れた顔をしながら、「確かにちょっと面白かった」と小声で認めた。ソウタは思い出したように微笑む。
「あのときも三人で『それな!』って言って、体育倉庫に入ったよね。懐かしいなあ。」
6. ソウタが見た夢の話
「そういえばさ、最近ちょっと変な夢を見たんだ。」
ソウタがぽつりと言うと、レオとナオキは顔を向けた。ソウタはのんびりしているが、時々妙に鋭い夢や直感の話をすることがある。
「どんな夢?」
「なんか、真っ暗な廊下を三人で歩いてるんだよ。でも、壁に貼ってある張り紙とかポスターが全部逆さまになっててさ。で、何かを探してるんだけど、よくわからないんだ。」
「逆さま? まるで鏡に映ってる感じなのか?」
「うーん、そんな感じもする。で、途中で大きな鏡が出てきて……そこで目が覚めちゃうんだ。」
「妙にリアルな夢だな。お前、怖くなかったのか?」
レオが首をかしげると、ソウタは曖昧に笑った。
「怖いっていうより、不思議な感じ。でも、その鏡はちょっと……吸い込まれそうで怖かったかも。」
7. 七不思議リストを確認する
放課後、三人は自分のクラスの黒板に書かれた「七不思議リスト」を眺めた。このリストはいつ誰が書き始めたのか不明だが、よく見ると追加の書き込みやイラストがあちこちにある。
- 夜の音楽室のピアノが鳴る
- 理科室の人体模型が動く
- 図書室で本が消える
- 終わらない階段がある
- 赤い傘の少女が現れる
- 給食室が夜に消える
- 踊り場の鏡に映るはずのないもの
「へえ、こうして並べるとワクワクするな。」
レオは目を輝かせる。一方、ナオキは冷静に眺めながら、口元に手を当てて考え込んでいる。
「こんなの、ほとんど風とか光の錯覚とかで説明できそうだ。人体模型が動くなんて、誰かがイタズラしただけとかさ。」
「でもさ、みんなが口を揃えて言うってことは、何かあるんじゃない?」
ソウタはふわっと笑う。ナオキは唸りながらも、最後に「まあ、検証の価値はあるな」と言った。
8. 本格始動の予感
「じゃあ、土曜日の放課後、旧校舎に行こうぜ!」
レオが拳を握り、意気込む。ナオキは少しためらったようにメガネを押し上げるが、すぐに観念した様子で頷いた。ソウタは心配そうな面持ちだが、二人を見て微笑む。
「三人で行くなら、怖くない…よね?」
「おう! 絶対面白いことが起きるぞ!」
レオの言葉に、三人は同時に声を合わせた。
「それな!」
こうして、彼らの冒険は静かに始まる。まだこの時点では、誰も想像していなかった。旧校舎にある鏡が、彼らを不思議な世界へいざなう扉になるということを——。
9. 背景描写:夕暮れの校舎
校舎の窓から差し込む夕日が、廊下を赤く染めている。床には長い影が伸び、時折外の風が吹き込んでは、カーテンを揺らす。三人の足音が、静まり始めた校内に小さく響いた。
レオは窓の外を見ながら、胸の奥が高鳴っているのを感じていた。昔から「普通の日常」を抜け出して、どこか冒険のような場所へ行きたいという思いが強かった。今回の「七不思議」も、彼にとっては最高の刺激だった。
「なあ、ナオキ。お前は怖くないのか?」
ふと尋ねると、ナオキは肩をすくめる。
「怖いというより、実際どうなってるのか検証したいだけさ。結局、幽霊とかありえないって思ってるし。」
「そういう理詰めなとこ、相変わらずだな。」
レオは苦笑する。ソウタは笑みを浮かべながら、二人のやり取りを見つめていた。彼自身は、怖いという気持ちが強い。でも、この二人と一緒なら大丈夫だと思える。
10. 舞台は整う
下校時間ギリギリまで校内をうろついていると、昇降口の方から先生の声が響いた。
「そろそろ閉めるぞー! 帰りなさーい!」
三人は慌てて昇降口へ向かう。靴を履き替えながらも、レオは心が逸って仕方ないようだ。
「明日になったら、もっと詳しく聞いてみよう。あの6年の先輩に。」
「お前、名前も知らないのにどうやって探すんだよ?」
「そこは行動力でどうにかするさ!」
レオが胸を張る。ナオキは再度、呆れ顔でため息をついたが、どこか楽しそうにも見える。ソウタは二人を見比べながら、微笑ましい気持ちを噛みしめていた。
「それな!」
靴を履き終えた三人の声が重なる。下校のチャイムが長く鳴り響く夕暮れの校庭に、ソレナトリオの姿が小さく消えていった。
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