서문③: 거울에 빨려 들어가다

1. 罰掃除と三人の気持ち

放課後の旧校舎にやってきたレオ、ナオキ、ソウタの三人は、少し気の重い空気をまとっていた。前回の掃除の時に悪目立ちしすぎたせいか、担任の村田先生から「今日はしっかり清掃を終わらせること」とキツく言われている。とはいえ、三人にとってはこの“罰”が、旧校舎の七不思議を本格的に調べるチャンスでもある。言い換えれば、今日はある意味“公式に”旧校舎を探検できるというわけだ。

廊下には相変わらず埃が舞い、窓には大きなヒビが入ったまま。業者が来る予定はあるらしいが、まだ手が回っていないようだった。レオは少し申し訳なさそうにそのヒビを見つめ、軽く舌打ちする。あの時、自分がぶつからなければこんなことにはならなかったかもしれないが、こうして旧校舎に立ち入れる状況を作ったのもまた事実だった。

三人は手分けして雑巾がけをしたり、床の落ち葉を掃き集めたりしている。とはいえ、そんなに真面目に作業をしているわけではない。気がつけば、あちこちに散らばる古い掲示物や机の落書きを見ては、「この机、いつの時代のやつだろう」「ここに残ってるポスター、平成初期かも」などとひそひそ話をしながら、好奇心を揺らしていた。


2. 先生のいない隙

ほどなくして村田先生が荷物を整理しに一度校舎の外へ出ていくと、三人は顔を見合わせた。先生のいないこの隙に、どこかへ探索に行けないかと思案を巡らせるのは当然の流れだ。ナオキは少し気をもんだ表情でレオに声をかける。

「レオ、また勝手に行動すると先生にバレるぞ。どうするんだ?」

レオは床に雑巾を投げ出すように置き、周囲を見回しながら笑ってみせる。ソウタはすぐに不安そうな顔になったが、それでもどこか期待している様子がうかがえた。

「せっかく入れるんだぜ? これ以上先生がいたら、奥まで行けないだろ。さっさと探すべきだと思うけどな」

「それはそうなんだけど……。あんまり派手に動くと、前みたいに怒られるし」

ナオキはメガネを押し上げながら、やや控えめに同意する。ソウタはモップを手にしつつ、二人のやりとりを苦笑いで眺めていた。彼としては、あまり怖いことには首を突っ込みたくない。しかし、二人と一緒なら、ある程度の安心感があるのも事実だ。


3. 踊り場の落書き

「……わかった。じゃあ、踊り場のあたり、ちょっと見に行こうか。前に“鏡ニ注意”って書いてあったの気になるし」

ナオキがそう提案すると、レオはすぐに乗ってきた。ソウタも結局、「それな!」と声を合わせるしかなかった。三人は静かに足音を立てないようにしながら、廊下の突き当たりにある階段へ向かう。昼前とは違って、薄暗い夕方の光が木造の壁や天井を不気味に照らしている。どこかからわずかに風が吹き込むのか、ときどき床を掃うような乾いた音が耳に届いた。

踊り場に近づくと、前回も見かけた落書きが視界に入った。ところが、そこには見覚えのない追加の文字が書かれているように思える。ナオキが懐中電灯を取り出し、光を当ててみた。

「『鏡ヲ壊スナ』……?」

前に見つけた「鏡ニ注意」という文字のすぐ脇に、まるで上書きするように書かれた文字があった。文字が歪んでいて、誰かがふざけ半分で書いたのだろうか。うっすらしたチョークの跡のようにも見えるし、ペンキのようにも見える。しかし、いつ誰が、そしてどんな意図でこれを書いたのかは、まったくわからない。

「鏡ヲ壊スナ……ってことは、この踊り場に鏡があったんだよな。けど、今はどこにも見えないし、移動させたのかも」

レオがそう呟くと、ソウタが首をすくめる。

「もしかしたら倉庫とか……音楽室あたりに鏡が移されてるとか?」

ナオキは思案顔で踊り場を一周見渡した。壁に何か掛かっていたであろう痕跡はあるが、取り外された後が埃でわかりにくくなっている程度だ。三人はしばらく踊り場を念入りに探したが、それらしき鏡は見つからなかった。


4. 床下の空洞

結局、そのまま踊り場から階段を上がり、廊下を見渡す。前回覗いた音楽室の扉は閉まっているし、他の教室にも何か残っているかもしれない――そう思った矢先、足元の床がぎしりと鳴った。そこから冷たい風が吹き込んでくるのがわかる。何か妙だと思って床を踏むと、一部がわずかに浮いているようだった。

ソウタが恐る恐るその部分を踏み直すと、板の下に隙間があるらしく、カタカタと音がした。レオは好奇心を刺激されたように、小さく声を上げる。

「なあ、これ……外せそうじゃないか?」

「勝手に壊したら、また先生に怒られるぞ」

ナオキが焦るが、レオは聞く耳を持たない。案の定、そっと力を入れて板を持ち上げようとする。すると、ミシッという音とともに、床板がわずかに浮いた。もともと腐っていたのか、あるいは元から外れかけていたのかは不明だが、少なくともここに隙間があるのは確かなようだ。

「うわ……下、空洞になってる?」

懐中電灯を向けてみても、埃が舞うだけで何も見えない。深さがどのくらいあるのかもわからない。三人とも躊躇しながら視線を交わす。ナオキがそれでも好奇心に負けて、少しだけ板をめくろうとした瞬間だった。

突如として、踊り場のほうから風が吹き込むかのような音がした。「ヒュゥ」という気配に、三人は同時にそちらを振り向く。まるで“何か”が呼吸しているかのような、いやに生々しい空気が流れてきたのだ。

「……なんだ、今の?」

ソウタが不安そうに声を震わせると、レオはごくりと唾を飲みこんでから、勢いよく踊り場へと戻る。板を持ち上げかけていたナオキはしぶしぶそれを放して後に続いた。誰もいないはずの踊り場で、しかし確かにそこには奇妙な静寂が漂っている。


5. 謎の鏡と吸い込まれる三人

三人が立ち尽くしていると、不意に廊下側の窓がガタガタと揺れ、遠くで物音がした。まるで建物全体が身震いするような感覚だ。レオは「何かが呼んでる」とでも言いたげな顔をして周囲を見回す。

そして、そのときだった。踊り場の壁にかかっているはずのない“大きな鏡”が、いつの間にかそこに現れたように見えた。いや、最初は錯覚かと思った。埃まみれの壁に、薄暗い光が反射しているだけだと。しかし、三人の目には、どうにも鏡らしきものが揺らいで見えたのだ。

「おい……これ、さっきまでなかったよな」

レオが声を潜める。ナオキも「見間違いだろ?」と言いながらも、眼鏡の奥に驚きが隠せない。ソウタは思わず後ずさりし、声を押し殺すように息を呑んでいる。壁には、かすかに枠のような形が浮かび、それが鏡の縁のようにも見える。しかし、よく見ると、その枠自体も埃にまみれてぼんやりしている。

三人が恐る恐る近づいていくと、そこにははっきりとしたガラス面があった。触れてはいないのに、冷たい気配が手のひらに伝わってくるような感覚がする。ナオキは一瞬、理屈で説明できないかと頭を回転させるが、そんな思考も止まるほど不思議な光景だった。

「……これが、七不思議の鏡?」

ソウタが声を震わせて呟いた。レオは恐る恐る指先を伸ばす。まるで“鏡ヲ壊スナ”と書いてあった警告が現実味を帯びてくるようで、心臓がドキドキと鳴っている。指先が鏡の表面に触れた瞬間、ひんやりとした感触と同時に、どこからか風が巻き起こった。

「うわっ、何だ……?」

廊下の空気がうねる。鏡の表面がゆらゆらと水面のように波打ち始めた。レオは咄嗟に手を引こうとしたが、今度は鏡が手を離してくれないように感じる。ぎょっとして力を込めた瞬間、思いもよらぬ力で腕を引き込まれそうになった。

「レオ! ちょっと待て、何してるんだよ!」

ナオキが駆け寄るが、レオは抵抗できずにそのまま腕を飲み込まれかけている。ソウタも慌ててレオの肩をつかむ。しかし、鏡がまるで生き物のように彼らを包み込もうとする。三人がもがけばもがくほど、ガラスの波紋が強まり、粘り気のある水のような音を立てて巻き込んでいく。

「ちょ、嘘だろ……こんなのあり得ない……!」

ナオキの悲鳴じみた叫びも虚しく、鏡の表面はますます蠢き、三人を同時に引き込もうとしている。レオは自分の体が半分ほど鏡の中に沈み込むのを感じ、頭が真っ白になった。ソウタは必死に踏ん張ろうとするが、まるで鏡の奥から大きな手が伸びてきているような錯覚すらする。

「や、やばい! 助けて……!」

ソウタが叫んでも、もはや声が外に届いているのかすらわからない。廊下に誰かがいたら、きっとこの不思議な現象に気づくだろうが、村田先生はまだ戻ってこない。まるでこの瞬間だけ、世界から切り離されているような感覚だった。

「レ、レオ……ナオキ……オレ……怖い……!」

ソウタの声はだんだん震えが増しているが、レオもナオキも声を出せないほど混乱していた。ガラスの中は冷たい液体のような感触がし、呼吸もままならない。意識が朦朧としてきたところで、三人はそれぞれ最後にか細い声を出す。

「それ……な……!」

奇妙な合言葉が口をついた瞬間、周囲が一気に白い光に包まれた。三人の体が完全に鏡の内部へと吸い込まれる。どれほどの時間が経ったかわからない。激しい浮遊感と冷たい感触のあと、視界がゆっくりと戻ってきた。


6. 鏡の世界での目覚め

気づけば、三人は床に倒れ込むように転がっていた。そこは見覚えのあるはずの踊り場……なのだが、雰囲気が違う。光の加減が反転しているような、全体的に色が淡く、空気が静まり返っている。

「ここ……どこだ……?」

ナオキが弱々しく起き上がり、周囲を見渡す。レオはまだ肩で息をしているし、ソウタは怯えた顔で壁に手をついて立ち上がろうとしていた。踊り場の壁には確かに何かの落書きがあるが、文字が左右反転して読めない。それどころか、窓の位置や廊下の向きすら逆になっているような錯覚がある。

「嘘、嘘だろ……な、何だよこれ……?」

レオがパニックになりかけたが、ソウタが腕をつかんで落ち着かせる。ナオキはひどく青ざめた顔のまま、階段の下を覗き込み、さらに上を見上げる。どこまで行っても歪んだ建物のように見えるし、下校の時間を迎えているはずなのに、外からの光も妙に薄暗い。時計の針が止まっているような、不気味な静寂が支配していた。

三人はようやく悟る。どうやら自分たちは“鏡の世界”と呼ぶしかない場所に迷い込んでしまったのだと。七不思議の噂の中に「踊り場の鏡に映るはずのないものが映る」というのがあったが、まさか鏡そのものに吸い込まれるとは考えもしなかった。

ソウタは涙目で震えている。ナオキも、この現象をどうやって理屈で説明すればいいかわからず立ち尽くす。レオは一番に気を取り直そうとし、二人を鼓舞するように声を張り上げる。

「な、ナオキ、ソウタ……とにかく落ち着こう。オレたち三人で『それな』したんだから、大丈夫だろ……?」

そう言ったものの、自分自身が一番不安に押しつぶされそうなのはレオ本人かもしれない。でも、彼は昔からこういう“ワクワクするけど怖い状況”が嫌いではなかった。だからこそ、あえて強がってみせるのだ。

ナオキはそれを見て、少しだけ表情を和らげた。ソウタもコクリとうなずいて、「三人なら、何とかなるよね……?」と小さく呟く。廊下の先には、音楽室や理科室へ繋がるドアがあるはずだが、さっきいた世界と同じ場所とは思えないほど静まり返っている。

三人は足を踏み出しながら、目を見合わせた。合言葉が自然と脳裏に浮かび、いつものように声を揃えようとする。しかし、その声は心の中にしか鳴り響かなかった。誰もいない、反転したような校舎――ここから戻るには一体どうすればいいのか、それすらわからない。

こうして、ソレナトリオの本当の冒険が幕を開ける。彼らは気づいていないが、七不思議がこの世界にも存在し、それを解き明かすことでしか帰還の道は開かれないのだ。鏡に吸い込まれた三人が、次に目撃するのはどんな景色なのか。果たして、元の世界へ戻る方法を見つけられるのか。少年たちの胸は、恐怖と興奮の入り混じった高鳴りに満たされていた。

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