第五章③:本当に大切なこと

1. 濡れたままの反省会

雨の夜に出会った赤い傘の少女は、ソウタが呼びかける声にもはっきりとは応じず、ただ孤独な気配を残して闇の中へ消えていった。ずぶ濡れのまま昇降口に戻ったソレナトリオ(レオ、ナオキ、ソウタ)は、一息つくと同時に大きなため息をこぼす。
「まったく、次は何をしたらいいのかわからねぇな……」
レオが半ば投げやりに呟くと、ナオキも頷く。「とりあえず、鏡の世界とはいえ、風邪をひいちゃかなわない。体を拭いて休息しよう」
ソウタはしきりにタオルで髪を拭きながら、先ほど感じた少女の視線を振り返っていた。本人ですらうまく説明できないが、ただ孤独に雨の中を彷徨っている彼女に、どうにか言葉を届けたいと強く思っている。


2. 傘と雨が象徴するもの

静かな廊下で衣類を絞りつつ、三人は赤い傘の少女について議論を再開する。
「雨の日の夜に現れるってことは、雨自体が何かカギなのか……?」
ナオキは理屈を立てようとするが、過去の不思議から鑑みると、鏡の世界は“感情”や“想い”が強く作用する傾向があると感じている。ソウタはそっと口を開き、「あの子、すごく悲しそうだったよ。赤い傘で顔が見えないけど、たぶん……何か伝えたいことがあるんじゃないかな」と言葉を選びながら話す。
レオは「じゃあ、どうやって聞き出すんだよ?」と首をかしげる。現れたかと思えば、すぐに姿を消してしまった存在を再度捕まえるには、同じように雨の夜を待つしかないのかもしれない。


3. 再会を待つための準備

「雨が降るとき限定か……鏡の世界じゃ天気も法則があるのかわからないけど」
ナオキは窓から外を見て、雨脚が弱まりつつあるのを確認する。まるで少女が姿を消したのと同時に雨が落ち着いたかのようだ。
「もしもう一度会えたら、もっとちゃんと話したいよね……」
ソウタの声は切実な響きを帯びる。やや呆れ顔のレオも、「なあナオキ、どうにか雨を呼び出す方法とかねーの?」と半分冗談まじりに言うが、ナオキは肩をすくめる。「そんなの全然わからないよ。鏡の世界の天候が人為的に変えられるとか、あり得ないだろ……たぶん」
結局、少女に再会するには、“また雨が降る夜”を待つしかなさそうだという結論に落ち着く。三人は校舎内の移動を再開し、“何か”雨の日の手掛かりが見つかることを期待する。


4. 傘立てと古いメモ

校舎の一角を回っていたところ、昇降口付近にある昔使われていた傘立てに目が留まる。埃まみれの仕切りがあり、そこに赤い塗料のハゲた柄が転がっている。ソウタが拾い上げると、折れた骨組みだけが残った古い傘の柄だとわかる。
「これ……まさか、あの傘?」
レオが訝しむが、ナオキは懐疑的に首を振る。「いや、鏡の世界だから同じものかどうか……」と言いかけたとき、何かの書き付けが落ちていることに気づく。拾い上げると、雨のしみた紙に、かすかに文字が見える。
半ば読めなくなったメモには、こう書かれていたようだ――「赤い傘の彼女は、ずっと一人ぼっちのまま……」。ナオキはその文面を解釈し、「やっぱり孤独なんだろうな」と切ない面持ちを浮かべる。


5. ソウタが感じる“本当に大切なこと”

この時、ソウタはふと過去の自分を思い出す。家族が忙しく、友だちとも馴染めず、放課後を一人で図書室で過ごしていた頃、心の支えは些細な優しさや声かけだった。
「あの子だって、もし孤独なら……俺たちが手を差し伸べてあげれば……」
声に出すと、レオとナオキはぎこちなく笑みを浮かべる。“幽霊”かもしれない存在に対しても、ソウタが示す優しさは揺らがない。ナオキは渋い顔ながらも「まあ、やるしかないか」と認める。レオは強がりながら「それが第五の不思議解決の鍵かもな」と肩を竦める。
ソウタは心の中で、**“本当に大切なこと”**とは、相手の立場に寄り添い、その孤独を理解することではないかと思い始めていた。鏡の世界の不思議は、いつも“想い”や“思いやり”が重要な要素として絡んでくる――この赤い傘の少女も、またその一例なのかもしれない。


6. 次に雨が降る時を待つ

「もう雨も止んできたな……」
ナオキが窓の外を見ながら言う。校庭には水たまりができ、先ほどの少女の気配はもはや感じられない。レオは赤い傘の柄を見つめて、「こいつを使ってなんかできないかな」と首をかしげ、ソウタは「次、会えたらちゃんと伝えたい」と目を伏せる。
三人は改めて気合を入れ直し、校舎の別の場所へ移動を始める。ここで立ち止まっていても、彼女が再び現れるとも限らないからだ。“赤い傘の少女”に再会できる雨の夜まで、調べを進めたり休んだりするしかない。

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