篠田先輩のボードを隠した犯人が、まさかの黒川修二(くろかわ しゅうじ)先生だった――。
その衝撃的な事実が判明し、校内は大騒ぎになった。
一方で先生は“生徒を守りたい”という切実な理由を口にし、
どうしようもない苦悩をにじませる。
だが、盗難は盗難。
篠田先輩や部員たちがいくら情状を訴えても、
学校側は“顧問としての立場を失いかねない”重い処分を検討中。
時を同じくして、インターハイ予選は目前に迫り、
篠田先輩の足の痛みもいよいよ深刻さを増していた。
「先生が大怪我をして、プロサーファーの道を絶たれた過去があるのは知ってる。
でも、どうしてここまで暴走したの?」
そう疑問を抱く航平(相沢航平)をはじめとしたメンバーが、
謹慎前の先生に迫るとき、
“苦い決断”を下す瞬間が近づいていた――。
1. 校内騒動の真っ只中
翌日、職員室の前は朝から妙な熱気に包まれていた。
サーフィン部の部員数名が、先生の処分について意見を届けようと
校長らに面会を求めているというのだ。
「黒川先生を辞めさせないでほしい」
「確かに盗難は犯罪だけど、動機を考慮してほしい」
そんな声が噴出する一方で、
「盗難なんて許されない」「顧問の資格なし」と怒る教師もいるらしい。
ホームルームが終わると、
航平はマネージャーの橘ひなた(たちばな ひなた)と顔を見合わせる。
「先生、どうなるんだろうね……」
「わからない。謹慎は確定みたいだけど、辞職までいくかどうか……。
でも正直、先生がいなくなったら大会前の篠田先輩は誰が支えるんだろう」
ひなたがしょんぼり俯く。
あの“夜の倉庫”で真犯人が先生だとわかってから、
部には不穏なムードが漂いっぱなしだ。
むしろ「やっぱり先生だったのか……」と絶望する部員もいれば、
「理由があるなら仕方ない」と泣く部員もいる。
そして、
**足を痛めたキャプテン・篠田晃(しのだ あきら)**が
「それでも大会に出る」と言い張る事実が、
さらに混乱を深めていた。
“顧問”という存在が消えかけているこの状況で、
足を庇いながらの出場は無茶ではないのか……?
航平――俺は、
そんな疑問を抱えて校舎の廊下を歩く。
すると、前方に沙季先輩(川久保沙季)が見えた。
「沙季先輩……おはようございます」
「おはよう、相沢。篠田の足、やばいみたいね。
さっき保健室で見かけたけど、かなり痛そうにしてた。
なのに『俺は絶対に出る』って……本当に大丈夫かしら」
苦い顔の沙季先輩。
彼女自身もインターハイを狙うエースであり、
部の未来を案じているようだ。
「ねえ、相沢。先生が辞めるかもしれない状況で、
篠田はどうやって練習するつもりなの?
もう時間がほとんどないのに、足の怪我も全然治ってないのに」
「そうですよね……。
俺も一体どうなるか不安で……。
ただ先輩は“最後までやりたい”って言ってるから、
止められない」
二人して暗い表情を交わしていると、
後ろから大谷がやって来る。
「おーい航平、沙季先輩。
先生、なんか短い書類だけ持って職員室に入ったってよ。
辞表じゃないかって噂だけど……マジで辞めちゃうのかな?」
その言葉に、さらに暗い空気。
先生が辞めたら篠田先輩はどうなるのか――
あるいは先生は“足を守りたい”と言いつつも篠田の勇姿を見ないまま退場してしまうのか……?
2. 先生の過去を知る桐生先輩の証言
Pause déjeuner.
航平は生徒会室へ足を運ぶ。
生徒会長の桐生瑞貴(きりゅう みずき)先輩が「先生の過去について、ちょっと詳しい資料が見つかった」と呼んでくれたからだ。
「これ、図書室の古い雑誌。
“黒川修二、高校サーフィン大会で優勝候補も大怪我”って特集ページがあるわ。
さらには、周囲の大人から“もっと止めるべきだった”と責められた記事」
そう言いながら桐生先輩は雑誌のコピーを見せる。
そこには高校時代の若き黒川先生が映っていて、見出しには「怪我でプロへの道が絶たれ……」という痛々しい文字。
「先生は当時、相当期待されていたけど、ビッグウェーブに挑んで大怪我を負い、人生設計が狂った。
その直後、周りの大人同士が責任を押し付け合って最悪の雰囲気になり、
先生自身も『無理を止めてくれなかった』と恨みを抱いた時期があるみたい」
桐生先輩は続ける。
「だからきっと、篠田先輩にも“無理をさせないよう止めるべきだ”と思っていたんでしょうね。
自分のように足を壊して将来を棒に振る姿を見たくなかった……
その結果、暴走したなんて悲劇だわ」
聞きながら、航平は胸が苦しくなる。
先生の暴走の裏にある“後悔”と“トラウマ”が透けて見えるようだ。
「桐生先輩……この情報、篠田先輩は知ってるんでしょうか?」
「多少は知ってると思う。けど細かい経緯までは把握してないかも。
とにかく、先生は自分のように潰れてほしくない一心で盗難をやらかした……。
動機としては理解できても、罪は罪」
桐生先輩は溜め息をついて机に座る。
「今、職員会議で先生が『すべて自分の責任』だと頭を下げてるみたい。
いくら篠田たちが署名活動をしても、これはそう簡単に免れる問題じゃないと思う」
そうだろうな……。
せっかくの部顧問が辞めるなんて、最悪の結末だが、何も打つ手はあるのか?
「……せめて大会だけでも見守ってほしいですね」
航平がこぼすと、桐生先輩は静かに頷く。
「そうね……あとは、篠田先輩自身がどう足と向き合うか。
無理すれば、先生と同じ大怪我になるかもしれない。
ある意味、先生は自分の過去を重ねて狂ったのかもしれないわ」
悲しいすれ違い――そう感じずにいられなかった。
3. 篠田先輩、足に苛立ちをぶつける
放課後、航平とひなたは部室へ向かう。
そこでは、足首にテーピングを巻いた篠田先輩がボードを確認していた。
キズは確かにあるが、修理屋に軽く見てもらい、何とか使えるレベルに仕上げる予定とのこと。
「先輩、足、もう大丈夫なんですか……?」
ひなたが声をかけるが、先輩は苦しそうに笑う。
「痛いには痛い。
でも、大会は数日後だ。痛み止めを飲んでリハビリして、何とか乗り切る」
――なんとかなるのか。
そう思わず聞き返したいが、先輩の強い眼差しに圧されて言葉を飲み込む。
どうやら医者に「本当は1か月以上の安静が必要だ」と言われたそうだが、先輩は無視する気満々だ。
「先生が辞めるかもしれないって噂……知ってます?」
大谷が切り出すと、篠田先輩は顔を歪める。
「知ってる。
まさかあいつ、そこまでやって責任取ろうとしてるのか?
俺の足を守るためとか言いながら、結局は部をメチャクチャにして……」
唇を噛む先輩には怒りが見え隠れしている。
一方で、先生に対する複雑な感情――恨みだけではない何かが透ける。
「……足が壊れたら人生が潰される、と勝手に思い込んだんだろうな。
でも、俺は俺で“今が最後のチャンス”だと思ってる。
どっちが正解かなんてわからんさ」
そう呟く篠田先輩の横顔には迷いが滲むが、決意は揺らいでいない。
4. 先生の苦い決断――謹慎前の最後の登校
事件から2日後。
黒川先生は正式に“謹慎処分”を受けることが校長から通達された。
つまり今日を最後に、しばらく出勤停止になるという。
噂によれば、「場合によっては辞職もあり得るが、部員の嘆願を考慮し、校長判断で保留」という微妙な状況。
それでも先生は、部室には顔を出さない……はずだった。
しかし、放課後にサーフィン部のドアが静かに開き、
そこに先生の姿が現れたのだ。
篠田先輩がちょうどボードの修理道具を出している最中で、バチッと目が合う。
L'enseignant ......
「篠田……」
周囲は凍りつく。
大谷とひなたも息を飲むし、航平も緊張で身が強ばる。
だが先生は、決して穏やかとは言えない表情のまま、篠田先輩に視線を据えた。
「明日から、しばらく謹慎だ。
生徒たちには悪いと思ってる。……特にお前には、申し訳ない」
苦しそうな声。
篠田先輩はボードを握りしめたまま微動だにしない。
それでも「修理して間に合わせる。足が痛くても出る」と言いそうな雰囲気だ。
先生は足下を見つめ、さらに続ける。
「……足は大丈夫なのか。
医者の話だと、マジで無理すれば二度と元通りに動かないかもしれないって聞いたが」
言葉に滲む恐怖。
まるで自分の昔を重ねているかのような眼差しだ。
篠田先輩は眉をひそめ、顔をそむけるようにしながら呟く。
「先生に心配される筋合いはない。
でも……まあ、一応言っとくと、俺が怪我しても自分の責任だから。
先生が盗んだおかげで足が休めたわけでもなく、むしろ時間を奪われただけだよ」
棘のある言葉だが、先生は何も反論せず、ただ「すまない」と呟く。
場の空気は痛いほど重い。
5. 切ない和解と懇願
ひなたが耐えられず口を開く。
「先生……先輩は本気です。もう止めるのは無理なんです。
だから、せめて見届けてあげてください。
せっかく顧問なのに、先生がいなくなったら、先輩は……」
泣きそうな瞳で訴えるひなた。
先生は苦い表情を浮かべ、わずかに顔を上げた。
「謹慎だから、部活には出られない。
でも……大会当日はこっそり見に行くつもりだ。
それすら許されるかはわからないが、どうしても見たいんだ」
その言葉に篠田先輩が動揺したのか、一瞬視線を先生に向け、やがてそっぽを向く。
「好きにすれば……。もう先生がどう思おうが、俺の足は俺が決めるし。
インターハイ予選、俺は絶対に出るから」
先生は黙って小さく頷く。
「お前が怪我を悪化させる姿は見たくないが……止める資格を失ったのは俺だ。
……後悔だけはするなよ」
**“後悔だけはするなよ”**という台詞。
それはかつて先生自身が、「無理を止められなかった大人」を恨んだ過去の裏返しでもある。
周囲の部員は重苦しく見守っているが、どこかしらホッとしたような表情もある。
完全に仲直りとは言えないが、少なくとも篠田先輩と先生は決裂ではなく、切ない形で“和解”の兆しを感じさせる。
6. 航平と先生の会話――過去の大怪我
先生が帰り支度を済ませ、部室を出ようとしたとき、航平は思わず後を追う。
「先生……ひとつだけ聞きたいことがあるんです」
廊下で振り返った先生は、疲れた表情ながら「何だ?」と問い返す。
「先生、どうしてそこまで『足を守る』ことに執着してたんですか?
大怪我でプロを諦めたって話は聞いたけど、
それでも盗難にまで手を染めるなんて……」
先生はポツリと苦笑するように呟く。
「俺は、高校時代にビッグウェーブに挑んで足を折り、靭帯をやられた。
周りの大人たちは“止めるべきだった”と責め合い、
俺自身も“あのとき誰かが引き止めてくれれば”と恨んだ時期があった。
だから……篠田が同じ目に遭うのが怖かったんだ。
失敗は自己責任かもしれないが、周りの責任も大きいと知っているからね」
胸が痛む。
“あのとき誰かが引き止めてくれれば”――先生は篠田先輩にとって、その「誰か」になりたかったのだろう。
「でも結果的に、盗難という犯罪までして……余計にこじれてしまった。
先輩を守るどころか部を壊しかけた。
俺もどうしてこんな暴走に走ったのか、自分でも信じられないよ」
先生の声は自嘲に満ちている。
航平はただ静かに頭を下げる。
「先生がそこまで悩んでいたなんて……。
事件はもう収まってしまったけど、先生が本当に守りたかった篠田先輩は、大会に出ます。
先生にはまだ見届ける責任があると思うんです。
謹慎中でも、目をそらさずにいてほしい」
先生は目を伏せ、わずかに頷いた。
「……ああ。俺なりに、できる範囲で見守るよ。
篠田がどう戦うか、どんな痛みを背負うか、
それを見届けて……俺も自分の罪と向き合う」
そう呟いて、先生は去っていった。
謹慎後の復帰があるかどうかはまだわからない。
けれど、先生も「最後まで面倒を見たい」という想いを捨てていないようだ。
7. 最後の数日――足を抱えるキャプテンの追い込み
サーフボードは小さな修理が必要だが、ギリギリ間に合う見通しが立った。
篠田先輩は足が痛む中、最低限の練習だけは続けたいと、部員たちのサポートを受けて動いている。
「先生がいなくてもやる」と強気だ。
沙季先輩はそんな様子を冷静に見つめつつ、自分も予選突破へ集中。
ひなたは「あたしでできることは何でも手伝う」と言って、ドリンクやアイシングの準備を買って出る。
航平=俺も「いま部に入っても先輩の足手まといかな」と思い、
正式入部は一旦保留しているが、心の中で「先輩みたいにサーフィンしてみたい」と火がつき始めていた。
先生の悲しき過去が胸に刺さる一方、そこまで夢中になれるサーフィンの魅力を改めて感じるからだ。
8. 航平とひなた、“あと少し”の距離感
練習後、夕暮れのグラウンド脇。
沙季先輩たちが帰った後、ひなたと二人で部室を施錠する。
「先輩、足引きずって帰ったけど大丈夫かな……」
「わからない。かなり痛そうだった」
そんな会話をしつつ、ひなたがふと俺に顔を向ける。
「ねえ航平くん。
先生が盗難犯だったけど、私……先生のこと、完全には嫌いになれないんだ。
怪我の苦しみを知ってる人が『守りたい』と思った結果だもん」
「うん、俺も同感。
間違ったやり方だし、許されないけど、動機を考えると憎みきれない」
沈黙が落ちる中、ひなたが小さく笑う。
「なんだか変だよね……。
事件解決してスカッとするかと思ったら、そんな気になれない。
むしろこれからが本当の勝負な感じ。
篠田先輩の足、先生の去就……全部絡み合ってる」
彼女の瞳は不安と覚悟が混じっている。
Je ressens la même chose.
不穏だけど、もう後戻りできない。
「……先輩はきっと大会に出る。
先生は謹慎で姿を消すかもしれないけど、最後まで見届けるはずだ。
俺たちもサポートできる範囲でやるしかないよ」
「うん。サーフィン部がめちゃくちゃになるのだけは嫌だから……。
あたし、先輩がどうしても足を壊したくない気持ちはあるけど、彼の意志を否定もできない。
もどかしいね……」
ひなたは涙を浮かべそうになるが、ぐっと堪えた様子。
「でも航平くん、落ち着いたら私もサーフィン教えてもらおうと思うから、
一緒に波に乗ろうね」
その急な一言にドキリ。
「お、おう……やろう」と返すと、ひなたはパッと顔を赤くして笑う。
「約束、ね?」と指切りしそうな勢いだったが、照れたのか、足早に先に出て行った。
青春だ……でも問題は山積みだ。
9. 大会目前、篠田と先生の行方
ボード盗難事件が解決し、
真犯人が「篠田を守りたい」という過去トラウマを抱えた黒川先生だとわかった。
しかし、学校は先生を謹慎処分にし、退職の可能性すらちらついている。
篠田先輩は痛む足でインターハイ予選に強行参加する気満々。
修理されたボードを手に、「俺はやる」と言い張る姿は痛々しいほど強がりだ。
先生は「せめて見届けたい」と思いつつも立場がなく……。
部員たちは何もできず不安を募らせる。
「このままじゃ篠田先輩が本当に足を壊すかもしれない……」
けれど“今が最後のチャンス”だと篠田先輩は語る。
航平もひなたも、「先生の苦悩はわかったけど、どうしたらいいのか……」と途方に暮れる。
沙季先輩はインターハイ本戦を狙うが、部内の空気が落ち込んで練習すら思うようにできない。
そんな状態のまま、
インターハイ予選の日程は容赦なく迫ってきた。
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