――黒川修二(くろかわ しゅうじ)先生が、篠田先輩のサーフボードを隠していた真犯人だった。
そして、その動機は「足を怪我したまま大会に出ようとする篠田を止めるため」という、歪みながらも生徒を想う気持ち。
だが、その事実を知った部活メンバーの心は複雑なまま。
事件は一応解決の形になりつつも、残る問題は山積みだ。
部にとって“必要なはずの顧問”が重大な裏切り行為を犯したこと、そして迫り来るインターハイ予選。
さらに、篠田先輩の足は依然として危うく、気持ちばかりが空回りしている。
夜の校舎で対峙したあの瞬間から一夜明け、各人がどう行動するのか――
本当の衝突は、これから始まる。
1. 翌朝、噂が校内を駆け巡る
Le lendemain matin.
いつもより早く登校したにもかかわらず、校内は妙にざわついていた。
廊下を歩いていると、あちこちから「サーフィン部の顧問が盗んでたってマジ?」「嘘でしょ、先生が犯人?」「でも篠田先輩がボードを取り戻したらしいよ」などとヒソヒソ声が耳に入ってくる。
サーフィン部の部室を覗く前に、教室に荷物を置こうとすると、
隣の席の大谷がすでにスタンバイしており、俺の顔を見るなり声を低くする。
「航平、やっぱすごい噂になってるぞ。
先生が“自分の過去の怪我”を理由に篠田先輩のボードを盗んでた……とか。
校長や生徒指導も動いてるみたいだ。これはかなりヤバいな」
「だよな……。でも、あれだけ大事になれば当然か」
俺――相沢航平は、昨夜の“衝撃の瞬間”を思い返す。
倉庫で黒川先生がボードを隠していた姿。
苦悶の表情で「足を失ってほしくないんだ」と叫んだ言葉。
全てが生々しく脳裏に焼き付いている。
「篠田先輩は大丈夫かな……足、痛そうだったし」
「さあ……でも先輩はボードを取り戻したから、たぶん大会には出る気だろ。
医者から止められても、もう誰も止められないって感じだ」
大谷の言葉に、憂鬱が押し寄せる。
せっかくボードが戻っても、足の状態が万全じゃないなら実際どうなるのか。
しかも顧問がそんなことをした後で、まともに部活が機能するのか不安が募るばかりだ。
2. 朝の職員室騒動
ショートホームルームが終わり、軽く息をついたところで、サーフィン部マネージャーの橘ひなたが急ぎ足で教室へやってきた。
「航平くん、大谷くん、大変……。職員室のほうで先生が校長や教頭に呼び出されてるみたい。
なんか、辞職の話も出るかもしれないって……」
「辞職!? そりゃそうか……先生が盗難犯となれば、タダでは済まないよな」
大谷が苦い顔をする。
ひなたは今にも泣き出しそうな表情。
「部員のみんなも動揺してる。朝から部室でワーワーしてて……篠田先輩は見かけなかったけど、足が痛くて遅れてるのかな。
あたし、どうすればいいんだろう……」
「……とりあえず、先生がどうなるか見届けるしかないね。
篠田先輩や沙季先輩も、何かしようとしてるかもしれない」
ひなたは不安げに頷き、「うん、わかった」と言って教室を出ていく。
ついその背中を見つめ、俺は歯がゆい感情を抱えた。
(本当に、先生が辞めるなんて最悪だよ。事件は解決しても、部が崩壊しそうだ……)
3. 篠田先輩との再会――足の痛みは深刻
Pause déjeuner.
クラスの廊下を歩いていると、松葉杖の足音が聞こえる。
振り返ると、そこに篠田晃先輩の姿があった。
「先輩、こんなところで……!?」
驚いて駆け寄ると、先輩はうつむき気味で言う。
「足が痛くて朝は遅刻しちまった。先生に会いに行こうと思ったけど、職員室はピリピリしてて入れなかったよ」
「そうですよね……先生、今校長たちと話してるらしいです」
「……そうか。これじゃ、会えないか」
先輩は苦笑する。
昨日の夜あれだけ激しく衝突したのに、「それでも先生に会おうとしてるんだ」と考えると、やはりお互い特別な絆があったのだろう。
「……先輩、足の具合どうですか? 本当に大会に出るんですか?」
恐る恐る尋ねると、先輩は厳しい顔で頷く。
「当たり前だろ。せっかくボードが戻ったんだ。
痛みはあるけど、医者にもらった薬で何とかなるって……信じてる」
それ以上何も言えず、俺は唇を噛む。
明らかに無理をしているのは見て取れるが、先輩を止める手段はもうない。
むしろ、先生が奪った形だったボードが返った今、ますます「出場してみせる」という意欲は増しているはず。
「航平、お前らには世話かけたな……。
正直言って、先生への怒りは消えない。でも、あいつが犯人でもうボードが見つかった以上、俺は先に進むしかないから。
だから、足のことはもう心配しないでくれ」
先輩はそう言って、松葉杖をきつく握りしめる。
「じゃあ、悪いけど俺は一度保健室で足を冷やしてくる。午後の授業とか出てらんないよ」
「わ、わかりました。無理しないでくださいね」
自分でも陳腐なセリフだと思いつつ、そう見送るしかない。
先輩の背中が痛々しくて、胸が締めつけられた。
(先生との間で何が起ころうと、先輩は大会に出るんだ。それが先輩の決意……)
4. 校内騒動――先生の処分がどうなる?
その日の放課後、サーフィン部の部室へ行くと、空気が重い。
数名の部員が机や椅子に腰かけて頭を抱えている。
「先生、辞めるかもしれないって聞いた……」「そりゃあ盗難事件だもの」「でも、先生がいなくなったら大会どうするの?」
そんな会話が飛び交う中、エース女子の沙季先輩が冷静な口調で口を開く。
「先生は職員会議で“退職勧告”もあり得るし、少なくとも謹慎は免れないって。
篠田先輩が足を痛めてるのに顧問不在でどうするんだか……最悪」
床に投げ出されるように置かれたサーフィン部の道具たち。
まるで部活全体が停止状態だ。
海に行って練習する空気ではなく、みんなが「顧問が犯人だったなんて」と絶望感を滲ませている。
そこへ橘ひなたが駆け込み、青ざめた表情のまま言う。
「校長室の前に先生がいて……どうやら“謹慎処分”が決まったみたい。
それ以上の重い処分……辞職までは一旦保留だって。
でも、先生当分来れないんじゃ……」
Les membres du club se sont mis à bourdonner.
「当分……じゃあ大会直前の今、顧問不在?」「篠田先輩はどうフォローすれば……?」
「……はあ。しょうがないわね」
沙季先輩が嘆息する。
「篠田先輩自身も足が痛いし、大会直前なのに散々ね。
まあ私も大会には集中したいけど……部の皆はどうなるのかしら」
すると、重い扉を開けて入ってきたのは篠田先輩本人。
足を痛むそぶりはあるが、意外と毅然とした表情。
「先生が謹慎だろうが何だろうが、俺は大会に出る。このボードだって修理すれば使えるはずだ。
みんなにも迷惑かけるが、あと数日だけ耐えてくれ」
言葉に宿る決意。それでも足の痛みは誤魔化せないのか、顔には汗がにじんでいる。
ひなたが心配そうにタオルを差し出す。
「先輩、無理は……。でも、応援してます」
篠田はタオルを受け取り、ボードを手にしたまま笑う。
「応援ありがたいよ。俺は絶対に諦めない。先生がどう思おうが……俺の人生は俺が決める」
5. 航平とひなたのじれったい会話
その後、部員たちはモヤモヤを抱えながら解散し始めた。
俺とひなたも道具の片付けを手伝ったあと、校舎の外へ。
夕方の光が淡く射しており、風が冷たい。
「……航平くんさ、もし先生がいなくなったら、部はどうなるんだろうね」
ひなたがぽつりと呟く。
その顔には寂しさが混じる。
「まあ、生徒だけで大会はなんとか乗り切れるかもだけど、顧問不在は厳しいよな。
練習だって場所や時間を確保するのに大人の力は必要だし……」
そう答えながら、俺も心が痛む。
先生がやったことは罪深いし、不信感だって強い。でも、部にとって先生は要の存在だったはずだ。
ひなたは沈んだ目で「篠田先輩、無理しないといいけど……先生が止めるのが役目だったのに、もうそれすらできないんだ」と嘆く。
「先輩がこのまま大会に出て、足を壊しちゃったら、先生も救われないよね。
自分が必死に守りたかったものが、結局守れないわけだし」
俺はあまりに辛い構図に言葉を失う。
「本当に最悪だよ……誰も幸せにならない結末かも」
ひなたは俯き、何か言いたげに唇を震わせる。
「でも……私ね、先生の真意が間違いなく“先輩を守りたい”だったなら、まだ救いがあると思うんだ。
先輩が怪我を押してでも大会で悔いなく戦うのを見届ければ、先生も少しは報われるかもしれない。
……だめかな、こんな考え」
「いや……俺も同じこと考えてた。
先生のやり方は犯罪だけど、動機だけは生徒を思ってのことだから……」
二人して切ない気持ちを共有し、沈黙が落ちる。
するとふと、ひなたが微笑みを浮かべる。
「そういえば、航平くん、事件解決したらサーフィンちゃんとやってみるって言ってなかったっけ?」
「え? あ……そうかも。
先生が犯人だったのはショックだけど、俺自身はサーフィンに興味があるのは変わらないし……」
照れて言葉を濁す俺に、ひなたは目を輝かせる。
「そっか……じゃあ、もしよかったら私もやってみようかな。
マネージャーだけじゃなくて、実際に波に乗ってみたい気がする」
この不穏な空気の中で急に何を……と思いながら、
同時に胸がドキリとする。
「一緒にサーフィン……」という言葉の響きが甘酸っぱい。
「お、おう。ぜひ一緒にやろうか。
でも今は先生もこんな状態で、誰が指導してくれるんだ……って思うけど。
ま、インターハイ終わったら落ち着くかな」
ひなたは少し笑い、
「うん。事件が終わって、先生の処分が落ち着いたら……やりたいな。
私、足を痛めるのは怖いけど、やってみたい気持ちがあるの」
ぎこちない会話。
でもその一瞬だけは、重苦しさから解放されて、青春らしいドキドキを感じられた。
6. 職員会議の行方――謹慎決定
翌日、先生の処分が校内放送で簡潔にアナウンスされた。
「黒川修二教諭は、サーフィン部顧問として不適切な行為があったため、
一定期間の謹慎処分とし、詳細は今後追って連絡する。
当面の部活動指導は副顧問らがサポートする予定――」
放送を聞く教室で、クラスメイトが「やっぱ辞職じゃないんだね」と口々に言う。
部員にとっては“辞めないで済んだのは不幸中の幸い”かもしれないが、
当人は重大な不祥事を起こしたわけだから、立場はかなり危うい。
ホームルーム終了後、
ひなたが廊下から顔を覗かせて俺を呼ぶ。
「航平くん、今みんなで部室に集まってる。来て!」
急ぎ足で向かうと、すでに篠田先輩と沙季先輩、大谷らが集まっていて、
重苦しい空気が漂っていた。
「……先生、当面来られないらしい。辞めるかどうかは保留だけど、謹慎が解けるのはいつになるやら」
沙季先輩が腕を組んで沈んだ声を出す。
「大会まであと数日しかないのに、顧問不在とか前代未聞だよ。
でも仕方ないか……先生が盗難を認めてるんだし」
「それで、篠田先輩はどうするんです?」
大谷が篠田を向くと、先輩はボードを軽く叩きながら言う。
「決まってるだろ。
インターハイ予選、足が痛かろうが絶対出る。
先生がいなくても関係ない。俺が自分で戦うだけだ」
力強く言い放つ先輩の右足は、やはり少し震えている。
怪我を抱えたまま出るなんて無謀だと誰もが感じているが、止める術はない。
ひなたが涙目で「本当に大丈夫ですか……?」と問うが、先輩は笑って見せる。
「痛み止め飲めばそこそこ動ける。
あとは修理したボードで挑むだけ。
先生がどう思おうが、俺は後悔したくないんだ。
この大会を逃したら一生悔いが残るからな」
そう言う先輩の瞳は決意に満ちていて、誰も反論できない。
こうして“先生不在のまま、篠田先輩がインターハイに挑む”という展開が見えてきた。
7. 航平の葛藤――「俺もサーフィンを」
放課後、部室で残務を処理したあと、
俺は重い足取りで校庭に出た。
ひなたがついてきてくれたが、沈黙が続く。
どう切り出していいかわからない。
「先生が犯人だとわかったけど、
これで終わり……という感じじゃないね」
ひなたが辛そうに笑う。
「うん。篠田先輩は足が悪いのに、顧問不在。
事件は解決したけど、まだ問題だらけ。
先生はずっと先輩を守りたかったのに、こんな結果になるなんて……」
俺も同感だ。誰も幸せになっていない。
だけど、先輩の覚悟も先生の過去の苦悩も、痛いほど伝わってくるから否定しきれない。
「……そういえば、沙季先輩も『このままじゃ練習どころじゃない』って嘆いてた。
でも、インターハイ本戦を狙ってる彼女は自力で何とかするかもしれないね」
ひなたは「だよね」と相槌を打つが、すぐに顔を上げて俺を見つめる。
「航平くんは、どうするの?」
「何が?」
「ほら、この事件の捜査は終わったんだし……
先生の動機もわかったし……
『サーフィンやってみたい』って気持ちは、まだある?
先生がこうなった今、どう思ってるのかなと思って」
その言葉に、一瞬胸が高鳴る。
確かに俺は「事件解決したら、サーフィン始めてみようかな」と考えていた。
それは今も変わらない。むしろ先生が見せた“保護者心理”を目の当たりにして、
怪我のリスクが怖くても「やってみたい」という思いが強まった。
「うん、正直言って、俺はサーフィンをやりたい。
足を壊すのは怖いけど……やっぱり篠田先輩や沙季先輩を見てると、
波に乗るってすごく格好いいと思うから」
ひなたは少しだけ口元をほころばせる。
「そうだよね……私も、ちょっとやってみたいかも。
怖いけど、見てるだけじゃ始まらないもん」
“見てるだけじゃダメ”――まさに篠田先輩はその生き方を体現している。
先生の暴走は決して許される行為じゃないが、そこに宿った“恐怖”と“愛情”の葛藤も知った。
つまり、サーフィンにはそれほどの魅力とリスクがあるんだと理解できたのだ。
「……じゃあ、落ち着いたら二人で始めようか。
先生が戻ってくるかどうかはわからないけど、沙季先輩や大谷も巻き込んで……
練習すれば、いつか波に立てるはず」
ひなたは「うん」と小さく頷き、互いに照れくさい笑みを浮かべる。
この先、部はどうなるかわからないけど、俺たちは一歩ずつ進みたい。
8. 「先生、消えないで」
その日の夕方、職員室の前を通りかかったとき、
黒川先生が小さな段ボールを抱えて出てくるのに遭遇した。
寂しそうな表情で、たぶん自分の私物を片付けているのだろう。
先生は俺に気づき、
「……相沢か。お前までこんな時間に何してる」と少し疲れた口調。
謹慎処分が決まり、すでに気力が失われているようにも見える。
L'enseignant ......
声が詰まる。何を言えばいいかわからないが、とにかく止めなきゃと思った。
「本当に辞めるんですか? まだ決定じゃないですよね?」
先生は苦い笑みを浮かべて首を振る。
「今は謹慎だ。職員会議や校長判断で、最悪は免職もあり得る。
……何の言い訳もできないよ。俺がやったことは、ただの盗難だ」
「でも、先生には理由があった。
……篠田先輩を守りたかったんですよね?」
問う俺の声に、先生は目を伏せて小さく嘆息する。
「理由があれば罪が許されるわけじゃない。
生徒を守るつもりが、自分を守るための行為にすり替わっていたのかもしれない。
怖かったんだ……。生徒が俺と同じ後悔を背負うのが……」
その呟きには深い悲しみが滲む。
俺は何も言えず、ただ握り拳を作った。
「先生、俺……サーフィンやってみようと思うんです。
篠田先輩や沙季先輩を見て、怖くても挑戦するって格好いいと思ったから。
先生には……いつか戻ってきてほしい。部を捨てないでください。
生徒を守りたいなら、もっとちゃんと向き合ってほしいんです」
思いのまま、口をついて出た言葉。
先生は驚いたように俺を見つめ、かすかに目を潤ませた。
「相沢……。俺は失格の教師だ。
お前のサーフィンを指導する資格なんて……」
「そんなことないです。間違いは誰でも犯す。
先生には罪を償ってもらわなきゃだけど、サーフィン部は先生が必要だと思います。
篠田先輩だって本当は先生を必要としてる。
足が痛くても出場する彼を、最後まで見届けてあげてください」
先生は沈黙のまま段ボールを抱え直す。
決定的な答えを出せないが、表情には微かな変化がある。
「謹慎が解けるまでに、篠田が大会でどうなるか……もう見届ける資格すらないよ」
「資格はないかもしれません。でも先生しか彼を止められないし、
一番近くで理解してあげられるのは先生だと思う。
無茶するとわかっても、寄り添ってほしいんです……頼みます」
俺は深く頭を下げる。
その背中に、先生は戸惑いながらも、小さく頷いたような気がした。
「……わかった。とりあえず謹慎中は出勤できないが、もし篠田がおかしなことをしようとしたら、連絡してくれ」
それだけ言い残し、先生は廊下の奥へ消えていく。
はたから見れば何の解決にもなっていないかもしれないが、
俺には、先生が完全に投げ出していないのを感じられただけでも救いだった。
9. “顧問不在”のまま…
こうして、黒川先生の犯行が明るみに出た翌日。
サーフィン部は“顧問不在”のまま、迫り来るインターハイ予選を迎えようとしていた。
篠田先輩は足を押してでも出場する気満々。
ボードは修理すれば使えるが、時間が足りない。
果たして先輩の足は耐えられるのか……?
沙季先輩はインターハイ本戦に向けて練習を続けようとするが、
部全体が落ち込んでいるためモチベーションは下がり気味。
航平(俺)とひなたは、「事件は終わったけど、なんだかしこりが残るよね」と口にする。
だけど、これで終わりにするわけにはいかない。
篠田先輩が大会に出ると言うなら、俺たちも全力でサポートしたい。
先生の気持ちも無駄にしたくない。
「顧問の真意」は理解できたが、そこから何が生まれるのか?
篠田先輩の足は本当に大丈夫なのか?
そしてインターハイ予選はいよいよ間近――。
Laisser un commentaire