――夜の捜査でしか手がかりを得られないのなら、やるしかない。
そんな思いが、海沿いの高校・サーフィン部のメンバーたちの胸に宿り始めていた。
キャプテン・篠田晃(しのだ あきら)は足を怪我しているにもかかわらず、
「大会に間に合わせるためにはボードを取り戻さなきゃ話にならない」と強い意志を見せる。
しかし、
黒川修二(くろかわ しゅうじ)先生は「危ないから深入りするな」と生徒たちを制止。
その抑え方がやけに強引で、
「もしかして先生こそが犯人?」という疑惑をかき立てる空気が部内にも漂うようになる。
そんな中、
航平(主人公・相沢航平)と友人の大谷知樹、
さらにマネージャーの橘ひなたやエース女子・川久保沙季までもが
「夜の校舎や波止場での捜査をするしかない」と決意し始める。
にわかに高まる“顧問=真犯人説”。
しかし、動機はあるのか?
篠田の足の怪我と、大会への焦りがすべてを歪めているのだろうか。
夜の捜査は、いったいどこへ辿り着くのか――。
1. 夜の捜査、止めようとする顧問
「……今夜も見回るの? 本気か、航平?」
放課後のサーフィン部部室にて。
友人の大谷知樹が、航平――つまり俺の提案に呆れた顔をする。
大谷はいつも“面白いこと大歓迎”という男だが、
夜の校舎を捜索するのはさすがに危険すぎると思うらしい。
「うん、やるしかないんだ。
前に倉庫付近でフード姿の人影を見たけど、誰なのかわからずじまいだった。
波止場でも似たような目撃情報があるし、犯人がまだ校内をうろついているんじゃないかって噂もある。
これ以上、放っておけないだろ?」
大谷は苦笑しながらスマホをいじりつつ首を振る。
「先生に見つかったら絶対に怒られるぞ。
まあ、怒られるくらいで済めばいいけどさ。
退部検討中の部員とか、謎に満ちてるしな」
そこへ、マネージャーの橘ひなたが勢いよく扉を開けて登場。
いつも明るい笑顔がトレードマークだが、この数日はサーフボード盗難事件のせいで表情が硬い。
「航平くん、私も付き合うよ。
前回は怖くて逃げちゃったけど……こうなったら、部を立て直すには捜査しかないでしょ?」
「ひなたも?
夜の倉庫は本当に怖いぞ。
しかも先生に見つかれば大目玉だ」
念押しする俺に、ひなたは強い意志を込めて答える。
「先生が本当に何か隠してるなら、私も知りたい。
退部しようとしてる子たちだって、先生を怪しんでるし、これ以上ギスギスするの嫌だもん。
あたしマネージャーだから、せめて真実を確かめたい」
周囲にいた部員数名は「夜の倉庫……大丈夫なの?」とざわめくが、
その騒ぎに反応するように、サーフィン部エースの川久保沙季が姿を見せる。
「何か面白そうな話。
私も行こうか?
先生と口論していた部員たちもいるし、早く事件を解決して練習に集中したいんだよね」
クールな眼差しとは裏腹に、内心は焦りが募っているのだろう。
全国レベルのエースとして、インターハイ本戦を目指す彼女には時間が惜しい。
そんな雑談の中、
部室の扉がバタン!と音を立てて開き、高3キャプテンの篠田晃が松葉杖をついて入ってくる。
「……夜の捜査、俺も行くぞ」
「先輩!?
足がまだ痛いんでしょう?
無理しないほうが――」
ひなたが慌てて制止するが、篠田先輩は苦い表情で首を振る。
「大会までに時間がない。
ボードが見つからなきゃ話にならないだろ。
先生を疑う声があるなら、俺が直接確かめたい」
その右足はかなり痛むはずで、表情にも苦しさが出ている。
それでも「諦めたくない」という強い意志が伝わってくる。
「……わかりました。
じゃあ先輩も含めて、今夜倉庫と波止場をチェックしてみましょう。
大谷と沙季先輩も来ます?
みんなで証拠を掴めば、先生が本当に犯人なのかどうかハッキリする」
航平=俺がそう締めくくると、
大谷が軽く口笛を吹いて「おーし、スリリングだなー」と陽気に返事。
沙季先輩は黙って頷く。
ひなたは「先生にはナイショ、だね」と心配そう。
「夜の校舎に勝手に入る」――ルール違反だが、誰も止める気配はない。
2. 波止場での不穏な噂
部活が終わったあと、夕方のうちに一度だけ「波止場」を見に行こうという話が上がった。
夜より明るいうちに下見するというのだ。
噂によれば、黒川先生らしき人物が波止場で何かを運び込んでいた姿を見かけた、という退部生の証言もある。
波止場は学校から歩いて15分ほどの場所にある。
小さな漁船がいくつか停まっていて、倉庫のような施設が並ぶ海辺の一角だ。
大谷がキョロキョロしながら「このへんで先生がサーフボードを移動させたって話なのかな?」と呟くが、
誰も確証はもっていない。
ひなたは遠くを見つめて、
「もし先生が倉庫からボードを運び出して、ここで保管してるなら……」
と口にするが、辺りに怪しい気配はない。
漁師と思しきオジサンに尋ねても、「知らんねえ」と軽くあしらわれる。
「やっぱり、噂だけだったか」
沙季先輩は肩をすくめ、
「先生がそんな手間をかけて、波止場まで持ってくるメリットあるのかな」と首を傾げる。
篠田先輩は松葉杖を地面に打ちつけ、「くそ……足が痛え」と苦しそうな顔。
無理してでも現場を確認したかったのだろうが、ここで得られる情報はゼロに等しい。
「先輩、やっぱり足に負担かかりすぎですよ。
早く戻って休んでください」
俺が声をかけると、先輩は悔しそうに俯く。
「……先生が犯人かどうか確かめる前に、足が動かなくなるわけにはいかないんだけどな。
情けない」
ひなたが「先輩、そんな……」と泣きそうな顔だ。
結局、波止場の下見は空振りで終わり、「やはり夜に倉庫を再チェックするしかない」と結論づける。
3. 夜の校舎、潜入する5人
いったん解散し、夜8時に学校裏の門付近に再集合。
篠田先輩は足を少し冷やしてケアしたようだが、まだまだ辛そうだ。
「大丈夫か」と大谷が心配するが、先輩は「平気だ」と言い張る。
沙季先輩とひなたは、スマホのライトを頼りに警備員の巡回を避けながら校舎裏から入り込む。
俺も大谷も後に続く。
ひなたが「こんなの、本当に大丈夫?」と怯えるが、俺は「なるべく速やかに倉庫を覗くだけだ」と励ます。
校舎裏は人けがなく、静かな夜風が吹いている。
キーキーと軋むドアの音がしたかと思うと、廊下の先に人影が……しかしよく見ると違ったようだ。
「こういうとき、黒川先生が現れたりするんだよな……」
大谷が耳打ちしてくるので、全員さらに身構える。
数分後、ついに“あの倉庫”が視界に入る。
鍵は閉まっていないのか、わずかに隙間がある。
中に明かりはないが、かすかに物音が聞こえる……?
篠田先輩が息を殺して扉に近づこうとする。しかし足が踏み出せず、よろけてしまい、松葉杖がコツンと床を打つ音を立てる。
その小さな音で、倉庫内の何者かが動きを止めた気配がした。
「誰だ……?」という低い声がこぼれる。
みんなでヒヤッとしたが、ここで逃げるわけにもいかない。
扉をそっと押し開けると――目の前にライトを持った人影。
黒川先生だ。
4. 黒川先生、発見――現行犯の瞬間
Professeur ...... !
篠田先輩が声を絞り出す。
そこには、大きな布をかぶせられたサーフボードらしき物体を、先生がガサゴソと扱っている様子。
ライトを当てると、先生が一瞬ギクリと動揺し、何かを隠そうとする。
「き、君たち……なぜここに。
夜の学校に入ったらダメだろう……早く帰れ」
先生が焦った口調で言うが、篠田先輩はもう怒りに震えている。
「先生が、俺のボードを隠しているのか……! やっぱり犯人は先生だったんだな!?」
先生は苦い顔で目を伏せる。
「違う、俺は……」
だが言葉に詰まる。
部室での態度や夜の不可解な行動、すべてが繋がった今、先生は言い逃れできない状況。
布の中身がサーフボードなのは、誰の目にも明らかだった。
「先生、どうして……!」
ひなたは泣きそうな声を上げる。
航平としても喉がカラカラになるくらい衝撃だ。
「本当に、先生だったんだ……」
大谷が呆然として呟く。
沙季先輩は唇を噛み、「さすがにこれは……救いようがない」とつぶやく。
5. 篠田先輩の怒りと先生の苦しみ
篠田先輩が松葉杖を倉庫の壁に立てかけ、先生の前までにじり寄る。
「先生、どうしてこんなことを……。俺のボード、返してくれ! 大会が近いんだ!」
先生はライトを下に置き、布を握りながら苦しげに顔を歪める。
「お前の足が……限界なんだよ。
これ以上無理をすれば、俺みたいに一生を棒に振る可能性がある。
俺は……同じ思いをさせたくなかった。だから……すまない」
その告白に、一同は息を呑む。
「まさか……怪我を理由に、先生が勝手にボードを隠して……?」
ひなたが戦慄した表情を浮かべる。
「足を壊しても、篠田は大会に出たいと言って聞かない。
ならばボードを無くせば、強制的に大会を諦めさせられる。
そう思った俺の行動が……許されないのはわかっている。
だが……守りたかったんだ。お前の将来を……」
先生が涙声で語るたびに、篠田先輩の拳が震える。
「先生の気持ちはわかった。
だけど、俺だって将来を賭けてるんだ。今しかない勝負をどうしても捨てられない。
勝手に俺の道を奪うなんて、ふざけるな!」
その叫びが倉庫にこだまする。
6. 航平とひなたの説得
怒り爆発の篠田先輩が先生に掴みかかりそうになるのを、
航平=俺とひなたが必死に止める。
「先輩、足が……怪我が悪化します!」
「でも……こいつは俺のボードを隠した張本人なんだぞ! 俺がどんな気持ちでここまで頑張ってきたか、先生は全部踏みにじったんだ!」
篠田先輩の目には怒りと涙が混在する。
先生も「すまない……俺だって辛い」と声を荒げる。
ひなたは嗚咽交じりに言う。
「先生、そんな形で生徒を守っても、誰も幸せにならないじゃないですか……。
足を心配してくれるのはありがたいけど、盗むなんて……」
先生は歯を食いしばり、布を引き抜く。
そこにあるのはやはりサーフボード。
少し傷があるが、破壊まではしていないようだ。
「壊すつもりはなかった……。
ただ、見つからない所に保管して、篠田がおとなしく足を治療するまで大会に出られないようにしたかった……」
その動機は確かに“守りたい”気持ち由来。
だが、篠田先輩には全く響くはずもない。
7. “真犯人”判明後の不穏さ
「これで事件は解決かよ……」
大谷が項垂れるように呟く。
「先生が犯人なんて、誰も望んでなかったのに」
沙季先輩も暗い顔。
「まさか、部員じゃなくて顧問が……。
でも、これでボードが返ってくるなら、一応は良かった……のかな」
篠田先輩はボードを抱きしめるように確認し、小さく息を吐く。
「……これは、まだ修理すれば使える。ギリギリ大会に間に合うかもな。
ありがとう……俺の人生を守るつもりだったのかもしれないけど、先生……やっぱり許せないよ。
俺は足が痛くても行くからな。大会を諦めるななんて二度と言うな」
先生はその言葉に苦しそうな表情を浮かべるが、
「もう何も言えない。勝手にしろ」と力なく答える。
こうして、“黒川先生=真犯人”という衝撃的な事実が明らかになった。
8. 帰り道、複雑な余韻
倉庫から出るとき、先生は「このことはすぐに校内に報告しなきゃならないだろうな」と呟く。
篠田先輩は足を引きずりながら歩き、「おう、好きにしろよ」と言う。
明らかに両者の関係は崩れかけだ。
ひなたは泣きそうな目で黙り、沙季先輩も気まずくうつむく。
大谷も気を遣ってか、冗談を言わない。
俺自身、頭がぐちゃぐちゃだ。
先生が盗難犯だなんて想像していなかったし、動機も“篠田先輩を守りたい”という歪んだ愛情。
許されるはずないのに、どこか同情心も湧いてしまう。この複雑さ、胸のモヤモヤは一体何なのか。
「これで篠田先輩のボードは戻った。
でも先輩の足は……大会まであと数日しかないし……」
ひなたがポツリと言う。
俺も唇を噛む。まったくどうすることもできないのか。
だが一方で、
(でも、これで事件は一応解決……篠田先輩がボードを使えるなら、あとは足が持てば大丈夫……なのか?)
そんな甘い考えが頭をよぎる。
同時に、“サーフィンをもう一度やりたい”という自分の思いが強くなっているのを感じる。
篠田先輩みたいに大怪我しないように安全に練習すればいいじゃないか、とか。
ひなたも何となく「怖いけど波に乗ってみたい」という表情をしている気がする。
「先生が真犯人だった」という大事件が解決したのに、晴れやかな気持ちにはならない。
怪我をおして大会に出る篠田先輩、辞職の危機に立たされる顧問……
どこか切なさの漂う帰り道を、俺たちは足早に戻っていくのだった。
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