第10話「合宿最終日の奇跡と、思わぬアクシデント」
1. 合宿最終日、早朝から燃える真琴
朝6時。宿泊先の合宿所の廊下を、足音も荒々しく**佐藤 真琴(さとう まこと)**が走り抜けていく。その様子を部屋の前で偶然見てしまった私、**桜井 小春(さくらい こはる)**は目を丸くした。
「ま、真琴? こんな朝早くからどこ行くの?」
「ん? ちょっと体育館でアクロバットの練習してくる! 昨日は場所がなさすぎてまともにできなかったからさー!」
寝起きとは思えないパワフルな声で言い放つ真琴。合宿2日目は、不本意な形でアクロバット練習を断念した経緯もあり、どうしても最終日にリベンジしたいのだろう。
「でも、まだ施設は開いてないんじゃない?」
「大丈夫、職員さんに許可もらったから。ちょっとだけなら朝練していいって!」
なるほど、さすが真琴。行動力がある。寝不足や筋肉痛は大丈夫なのかと思うが、本人のキラキラした目を見ていると、むしろこの熱量が彼女の強みなのだと改めて感じる。
「そっか……無理しないでね。ケガに気をつけて」
「うん! ありがと! …じゃあ、小春はゆっくり寝ててね~」
真琴はそのままスポーツバッグを肩にかけて姿を消した。合宿3日目にしてなお衰えぬこのやる気。私としては少しだけ心配しつつも、彼女なら大丈夫だと信じることにした。
2. 最終日午前:仕上げ練習の開始
朝食を終えたメンバーが、順番に体育館へ集まってくる。今日は午後にはもう帰らないといけないため、実質的には午前中での最終仕上げが重要になる。
「よーし、みんな、合宿ラストスパートだよ! 午前中は全体をガッツリ合わせよう!」
私が声をかけると、メンバーも「おー!」と力強く返事をしてくれる。合宿初日・2日目のドタバタを乗り越えて、だいぶ結束力が増してきたと感じる。
アクロバットを再挑戦する真琴、ディスコパートのコミカルさをさらに磨きたい翔、K-POPパートでの小物使いを増やそうとしている真由、カウント精度を極めたいシズク。それぞれの思惑があるが、今日は時間が限られている。
初心者組も、「最後まで置いていかれないように!」と頑張る気持ちを見せている。中村 咲(なかむら さき)や佐々木 拓也(ささき たくや)は特にステップが上達しており、頼もしさを感じるほど。
「よし、じゃあ通しで音かけてみよう!」
翔がノートパソコンからメドレー音源を再生し、私たちはフォーメーションにつく。合宿最後の総仕上げが始まる――。
3. メンバーの成長を感じる瞬間
まずはロックパート。真琴が大きくカウントを取って動き出し、サークルの空気が一気に熱を帯びる。初心者組もそれに引っ張られるように動きがキレている。何より、前に比べて足や腕のタイミングが合ってきた。真琴も満足そうな笑顔だ。
クールパートではシズクの冷静かつシャープな振り付けが際立ち、初心者組もカウントをしっかり取れるようになっているからか、全体がずれることなくピタッと揃う。「おお、いい感じ!」と口々に声が漏れる。
K-POPパートは真由が仕掛けた小物――たとえば腰巻きのスカーフやアイドル風のアクセ――を手先で活かしながら、キュートに踊る。テンポが速いのに、みんな振りを覚えていて、前よりもノリノリ。
ディスコパートでは翔がコミカルな動きで盛り上げ役に徹しつつ、初心者組も自然に体を揺らして楽しそう。合宿初日とは違い、緊張感よりも“楽しむ”雰囲気が強まっている。
私が考えた“曲のつなぎ”やフォーメーション転換も、だいぶスムーズになった。合宿を通じて初めて小春(私)が踊りを引っ張る場面も追加したが、それもバッチリ決まっている。通し終わったあと、みんな軽く息を弾ませながら視線を交わし、「どう?」「悪くないね!」と頷きあう。
「だいぶまとまってきた! これなら、文化祭ステージも十分戦えるかも……」
心の中で安堵すると同時に、「もう少し時間があれば、さらに完成度を上げられるのに……」という欲も出てしまう。でも、今日は合宿最終日。午後には片付けと帰りの準備が待っている。やれることはやるしかない。
4. 最後のトライ、真琴のアクロバット
休憩をはさんで、もう一度通し練習。ロックパートのクライマックスで、真琴が試していた軽めのアクロバットを本番さながらに披露することになった。
「よーし、ここでしっかり飛んで……着地してフォーメーションへ!」
真琴が気合を入れて音を待つ。昨日の朝練でも頑張っていたし、今日は場所もしっかり確保できている。
曲が盛り上がるタイミングで真琴が助走し、踏み切り――空中で体をひねり――そして完璧な着地!
「おおお……!」
体育館がどよめき、初心者組も「すごい!」と歓声を上げる。真琴は安堵の表情で小さくガッツポーズを作り、そのままフォーメーションに戻ってダンスを続行。実に華やかでパワフルだ。
しかし――。その瞬間、思わぬアクシデントが起こる。真琴の足元に置かれていた荷物(誰かが置きっぱなしにしていたリュック)に、彼女がほんの少しぶつかってしまったのだ。
Wo ...... !"
一瞬バランスを崩すも、真琴は姿勢を崩しながらもなんとか踏ん張った。しかし、無理に踏ん張ったせいか、足首をひねったように見える。
周りが「大丈夫!?」「足、痛い?」と駆け寄る中、真琴は「だ、大丈夫だよ……」と弱々しく笑う。その直後、曲を止め、みんなが心配そうに集まってきた。
5. まさかの負傷? みんなが固まる
真琴を近くのベンチに座らせ、足首を確認すると、少し赤くなっている。幸い大きく腫れてはいないが、痛そうだ。
「ちょっと体重かけると痛いな……でも、歩けなくはないかも」
真琴は気丈に振る舞っているが、額に汗がにじんでいるのを見ると、決して軽い怪我ではなさそう。
「ごめん……リュックがこんなところにあったなんて……」
荷物の持ち主らしき初心者メンバーが青い顔で謝っている。真琴は「いや、いいんだよ、アタシがもっと周りをよく見てれば……」と気遣うが、そこにシズクが冷静に口を挟む。
「とりあえず、冷やしたほうがいいわ。すぐにアイシングできる保冷剤とかない?」
「うん、準備してるはず。あっちの荷物置き場に……!」
私と翔がダッシュで取りに行き、真琴の足首を冷やすことに。
周囲には不安そうな空気が漂う。合宿最終日にまさかの負傷なんて、誰も予想していなかった。真琴自身はケガが大したことないと信じたいのか、「ほら、足を動かしてみてもなんとかいける……」と言うが、無理は禁物だ。
「……とにかく、今日はもうアクロバットはやめておこう。それ以上悪化したら大変だよ」
シズクが落ち着いた声で止めると、真琴は唇をかみしめながら小さく頷く。悔しそうな顔だ。
6. 動揺するチーム、リーダー小春の決断
突然のアクシデントで、他のメンバーたちも動揺している。初心者組からは「やっぱりアクロバットって危ないのかな……」という声や、「真琴先輩、大丈夫?」と心配する声があがる。翔も「くそっ、あれだけ頑張ってたのに……」と落胆気味だし、真由は「衣装や振り付けはどうなるんだろう……」と不安を漏らしている。
そんな不安定な空気の中、私は思い切って声を出した。
「とりあえず真琴の足を冷やして安静にしよう。もう時間もあまりないし、今日の仕上げはアクロバットなしの構成で進めよう。あとで病院に行ったほうがいいと思うよ」
真琴は「ごめん……」と弱々しく謝るが、リーダーとしてこのまま無理をさせるわけにはいかない。
チーム全体も真琴に「気にしないで」「治ればいいんだから」「とにかくお大事に」と声をかける。さっきまでピリピリしていた雰囲気が、一転して優しさに包まれているのを感じる。これも一つの“仲間の絆”かもしれない。
「よし、それじゃあ仕切り直しだ。アクロバットの部分はフォーメーションを軽く変えて、真琴はあまり動かなくていい位置にしよう。曲の構成は変えずに、他のメンバーがフォローする形で」
私が速やかに提案すると、シズクや翔、真由が「オッケー、任せて!」と力強く答える。初心者組も「私たちもできることがあれば!」とやる気を見せる。短時間で急な変更だけれど、みんなが力を合わせれば何とかなるはず。
7. 最後の通し、合宿の集大成
足を冷やして動きを最小限に抑える真琴を加えて、再度メドレーを通してみる。急なフォーメーション変更の箇所で多少の混乱はあるものの、シズクや真由、翔がサッとポジションを補い、初心者組もしっかりリズムをとって合わせようと頑張っている。
真琴はジャンプや回転をせず、控えめな動きで参加しているが、パワフルなオーラは健在だ。見ている私からすると、「ケガの痛みに耐えながらも踊ろうとする真琴の姿」が、逆にこのパートに厚みを持たせているように感じる。
そして最後のディスコパートが終わり、フィニッシュのポーズ。全員が息を止めるように決めると、大きな拍手が体育館に鳴り響く。
「いやー、なんだかんだでいい感じじゃん!」
「うん、真琴が思いっきり動けなくても、十分見栄えがしてるね」
「アクロバットなくても、この完成度なら文化祭までにさらに仕上げられそう!」
みんな口々に感想を交わし、最高の笑顔が広がる。真琴は足を少し引きずりながらだが、ベンチに戻るときに小さくガッツポーズを見せた。まったく、意地っ張りなんだから――と思いつつも、その姿が頼もしくもある。
8. 帰り支度と、合宿の締めくくり
昼前に最後の荷物をまとめ、合宿所をチェックアウトする時間がやってきた。ロビーで集合したメンバーは、どこか充実感に満ちた表情だ。
「怪我人が出たときはヒヤッとしたけど、終わってみれば合宿やってよかったな」
翔がしみじみと言い、真由も「うん、初心者組も随分上達したし、衣装案も煮詰まったし」と笑顔。シズクは「フォーメーションはまだ修正点があるけど、これだけ集中的に練習できたのは大きいわ」とクールに評価している。
一方、初心者組は「一気にダンスが楽しくなった!」「文化祭のステージが楽しみ!」と口々に喜んでいる。中村 咲や佐々木 拓也も「小春さんや先輩方、ほんとにありがとうございました!」とお礼を言ってくれた。
「こちらこそ、みんなが頑張ってくれて嬉しいよ。これからも一緒に練習しようね!」
私が笑顔で答えると、咲ちゃんと拓也くんは目を輝かせながら大きく頷いてくれた。
さて、問題は真琴の足首だが、合宿所を出る前に近くの病院に寄ったところ「大きな捻挫ではないが、数日は安静が必要」と言われてしまった。あまり無理しなければ、本番までに回復できるだろうとのこと。真琴はほっと胸を撫で下ろしつつも、「絶対に文化祭に間に合わせる!」と誓っている。
9. 合宿バス、帰り道の車中にて
帰りの車中。メンバーはそれぞれ思い思いに過ごしている。スマホで写真を見返して爆笑する人、爆睡する人、明日以降の練習スケジュールを確認する人……。私は運転を任せて(ごめん、翔!)後部座席で合宿の振り返りメモを取っていた。
「文化祭までもう1か月ちょっと。合宿で上げた完成度を、大学での練習に活かして仕上げていこう……!」
自分なりの決意を文字にしながら、しみじみと合宿の光景を思い返す。衝突もあったし、場所の制限やケガというアクシデントもあった。それでも、最終的にはみんなで乗り越え、何よりチームの結束を感じられたことが大きな収穫だ。
ふと顔を上げると、座席の隣には足に簡易のテーピングをしている真琴がいた。目が合うと、小さく苦笑してくる。
「ごめんね、小春……アタシのせいでみんなに迷惑かけちゃって」
「そんなんじゃないよ。真琴が頑張ってくれたから、みんなもいい刺激を受けたんだと思う。足、早く治してね」
「うん。これ以上迷惑かけないように気をつける……文化祭ステージ、本気でやりたいから」
真琴がその言葉を呟いたときの瞳は、いつになく落ち着いていて、強い意思を感じる。合宿を通じて、彼女も何か大切なことを掴んだのかもしれない。私も、もっと自信を持ってリーダーを頑張ろうと思う。
épilogue
大学に戻ったのは夕方。レンタカーを返却し、解散となったサークルメンバーたちは各々「お疲れー!」と声を掛け合い、すがすがしい笑顔を浮かべて散っていく。
私も自宅に帰り着くと、一気に疲れが押し寄せてきた。だが、その疲れは嫌なものではなく、むしろ「やりきった」満足感に近い。頭の中には、合宿での光景と、これからの練習計画がぐるぐる回っている。
「よし……真琴の足が治るまでに、全員でフォローしあって仕上げていこう。初心者組もこの調子で一緒に駆け抜けるんだ……!」
文化祭ステージまでは残り1か月強。まだまだドタバタは続くけれど、合宿を経て私たちのチームは一段と強くなった――そう確信できる時間だった。
ステップ・バイ・ステージ――私たちの挑戦は、まだ終わらない。次のステップは大学での最終追い込み。リーダーである私、桜井 小春は、ここから本当の勝負どころを迎えるのだ。
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