――夜の校舎に忍び込んだ、不審なフード姿の人影。
物置とは別の小さな倉庫で、何かを探しているようだったが、その正体はまだ明らかになっていない。
A la mañana siguiente.
俺、相沢航平はいつも通りに登校したものの、昨日よりさらに落ち着かない気分を抱えていた。
サーフィン部の“消えたボード事件”は解決の糸口が見えず、キャプテン・篠田先輩の足の怪我がどこまで深刻なのかも気になる。
何より、顧問の黒川先生と篠田先輩の微妙な衝突を目撃してしまったのが、モヤモヤの原因だ。
部員同士の雰囲気も悪くなっていないか心配になる。
「おーい、航平!」
昇降口でのろのろ靴を履いていると、いつもの大谷が手を振って近づいてきた。
「なあ、今日はどうする? またサーフィン部の捜査に参加するんだろ?」
「捜査ってほど大袈裟じゃないけど……ひなたに頼まれたし、協力するよ。
篠田先輩のボードが見つからないままじゃ、インターハイ予選だって危ういし」
「だよなあ。オレはむしろ楽しみだけど。学園の謎、青春ミステリーって感じじゃん」
大谷は相変わらずお気楽な調子だが、正直この事件は誰かが悪戯でやったというより、
もっと根が深いものを感じる。
篠田先輩の足、黒川先生の不可解な態度……
まだ何も証拠はないが、部内に何か秘密があるように思えてならない。
「とりあえず、まずはホームルームをやり過ごしてからだな」
そう言って昇降口を出た直後、ふいに廊下の角から現れたのは、マネージャーのひなた。
少し急ぎ足で、こちらに駆け寄ってくる。
「やっぱり大谷くんも一緒なんだね。ちょうどいいや。
二人とも、今日の放課後もサーフィン部に顔を出してくれる?」
「もちろん。オレは大歓迎さ!」
大谷が即答する横で、俺も「うん、わかった」と頷く。
ひなたはホッとした笑みを浮かべた。
「ありがとう。実は昨日、みんなに聞き込みしたけど、あまり成果がなかったでしょ?
でも今朝、沙季先輩が『あんなやり方じゃ何もわからない』って言い出して、
もう少し突っ込んだ話し合いをしようって提案してくれたんだ」
「沙季……って、川久保先輩だよな?
才能ある天才サーファーって噂の」
大谷が目を輝かせる。
沙季先輩は2年生ながら既に全国レベルらしく、男女問わず一目置かれている。
ただ、どこかクールで近寄りがたい雰囲気もある。
「うん。だから今日の放課後、また部員が集まる予定。
黒川先生も来てくれるから、いろいろ話を聞けると思う。
……篠田先輩も来てくれるといいんだけど」
そう言うと、ひなたの表情は少し暗くなる。
篠田先輩は、ボードだけでなく足の怪我でも悩んでいるようだし、
昨日は黒川先生と衝突してしまったせいで、部に顔を出しにくいかもしれない。
「先輩にとっては大事な時期だし、来てくれるんじゃないかな」
俺がそう言って励ますと、ひなたは「そうだよね」と微笑んだ。
「よし、じゃあホームルーム前の数分だけど、ちょっとみんなに呼びかけてみる。
また昼休みにでも話そうね」
元気を取り戻した様子で走り去っていくひなたを見送る。
その背中を見ていると、何とかして力になりたいと思う気持ちが、ますます大きくなっていく。
◇◇◇
朝の教室――新たな噂
ホームルームが終わり、短い休み時間。
クラス内ではあちこちで雑談が起こるが、「篠田先輩のボードが盗まれたらしい」という話はもう広まっているらしく、いろんな憶測が飛び交っているようだ。
「ライバル校が妨害したんじゃね?」
「外部犯なら鍵をどうやって開けたんだよ」
「部員同士のトラブル?」
大谷が「面白いなあ」と耳を傾けているのを横目で見つつ、
俺はちょっと嫌な胸騒ぎを覚える。
――もしも部員同士で疑い合うようになったら、部の雰囲気は取り返しがつかなくなる。
(黒川先生も、昨日は『内部の人間かもしれない』と言ったからな)
そんなことを考えていると、不意に生徒会長の**桐生瑞貴(きりゅう・みずき)**先輩が教室の入り口に現れた。
3年生で、普段から厳格な印象を持つ人だ。
「相沢くん、ちょっといい?」
「は、はい」
まさか生徒会長がわざわざ俺に用事……?
驚いていると、桐生先輩はスッと近づき、小声で続ける。
「サーフィン部の件、聞いたわ。
黒川先生からも報告があった。校内監視カメラ映像をチェックしてくれと頼まれたの」
「えっ、先生が……?」
黒川先生が生徒会長に協力を求めた、ということは、やはり本気で事件を解決する気があるのか。
昨日は篠田先輩と衝突していたけど、こうして桐生先輩に動いてもらうなら、何か有益な映像が見つかる可能性もある。
「うん。ただ、夜間のカメラって解像度があまり良くないし、敷地全体をカバーしてるわけでもないから、あまり期待しすぎないほうがいいわよ。
それでも、何か映っていたら先生や私に報告してほしい」
「わかりました」
桐生先輩は軽く頷き、スッと踵を返す。
去り際に、ふと振り向いて言った。
「相沢くんたち、事件の解決に協力してるのよね?
……あまり無理しすぎないように。
もし危ないことがあったら、すぐに言ってちょうだい」
その言葉には何か含みがあるようにも思えた。
もしかすると、桐生先輩は既に何かを感じ取っているのかもしれない。
(危ないこと、か……)
ボード盗難が大事件かと問われれば、微妙かもしれないが、
いつどこでトラブルに巻き込まれるかわからないのが学校という場所。
少なくとも、桐生先輩は「これ以上大きな問題にならないようにしたい」と考えているのだろう。
◇◇◇
波止場へ――昼休みの探索
その日、昼休み。
大谷が「どうせなら外に出てみようぜ。波止場あたりを見に行くのもありだろ?」と言い出した。
俺もひなたも、確かに海岸や波止場を本格的に探してはいなかったので、
「じゃあちょっと行ってみよう」という流れに。
学校のすぐ裏手には浜辺が広がり、そこから少し歩くと荷揚げ用の波止場がある。
漁港ではないが、小さな船が数隻停泊していて、地元の漁師さんやサーファーたちが利用する場所だ。
昼休みは時間が限られているので、ひなたと大谷と3人で足早に向かった。
波止場に着くと、潮の香りが一段と強く鼻をくすぐる。
コンクリートの堤防の先には、青い海が広がっていた。
「へえ、初めて来たけど……意外と人がいないんだな」
大谷があたりを見回す。
平日の昼間だから、漁が終わった船が停まっている程度で人影はほとんどない。
「ボードがここに隠されてるって可能性、あるかな?」
ひなたが少し不安そうにつぶやく。
サーフボードをどこかに隠すとすれば、人気のない場所を選ぶだろう。
ただ、こんな開けた場所にボードが放置されていれば、誰かがすぐ気づきそうにも思える。
「一応、奥のほうとか、物陰を見てみよう」
そう提案し、3人で分かれて探索を始める。
堤防の裏や、倉庫の影、ロープや漁具が積まれた一角など。
しかし、結論から言うと、何も見つからない。
「まあ、そううまくはいかないか……」
俺が肩を落とすと、大谷が「まだ昼だからな。怪しいヤツがいるなら夜かもしれん」と意味深に笑う。
ほんと、大谷はこういうときの行動力だけは妙に高い。
――そのとき。
「……あれ、なんだろ?」
ひなたが堤防の先を指さす。
見れば、小さな漁船が止まっているのだが、その船の側で誰かが立ち尽くしているのが見えた。
フードを被っている……かはわからない。
けれど、なんとなく視線を向けると、相手はハッと気づいたように顔を隠し、船の影にサッと消える。
「今、こっち見てた……?」
大谷が小声で言い、俺たちは警戒しながらそちらへ近づく。
しかし、船の陰を覗いても人の姿はない。
どうやら、さっと逃げられたようだ。
「なんだったんだろう」
ひなたが首をかしげる。
「部員では……ないよね?」
そう言われると、よくわからない。
サーフィン部のユニフォーム的なものを着ていたわけでもないし、顔がわからなかったので何とも言えない。
(もしかして、昨夜の校舎裏にいた謎の人物……ってわけじゃないだろうな)
脳裏をよぎるのは、夜の倉庫に忍び込んだフード姿。
この波止場にも何か用事があったのか?
「ただの漁師さんかもしれないし、観光客かもしれない。
ここら辺はサーフィン目的の人が来ることもあるしね」
ひなたは自分に言い聞かせるように言うが、その表情はすっきりしない。
昼休みの短い時間はもう残り僅か。
結局、得られた情報は「波止場に謎の人影がいたかもしれない」という程度で、
特にボードらしきものは見当たらなかった。
「仕方ない、戻るか。遅刻したら困るし」
大谷の言葉に、俺とひなたも同意して学校へ引き返す。
なんとなく胸の中に引っかかるものを抱えたまま、昼の探索は終了となった。
◇◇◇
放課後――沙季の提案
Después de clase.
サーフィン部の部室には、昨日と同じかそれ以上に部員が集まっていた。
篠田先輩もちゃんと来ていて、少しほっとする。
だが、その顔は相変わらず浮かない。
「……足は大丈夫なんですか?」
ひなたが尋ねると、「大したことない」と視線をそらしてしまう。
黒川先生も部室に姿を見せ、全員を見回す。
そして、ひときわ目を引くクールな雰囲気――川久保沙季先輩が、みんなに声をかける。
「昨日の聞き込みでは、あまりに表面的な話しかできなかった。
今日はもう少し突っ込んで、“誰が何を知っているのか”を洗い出したいと思うの」
その厳しい口調に、何人かの部員がざわつく。
しかし沙季先輩は構わず続ける。
「このままじゃ、篠田先輩の大会も危ういし、部全体が不安で練習に集中できない。
……私も早く練習したいし、インターハイ本戦に行きたい。
だからこそ、部員同士で誤解や隠し事はやめましょう」
その言葉には、彼女の焦りがにじんでいた。
全国レベルのエースとして期待される一方で、篠田先輩の状況に左右される部分も大きいのだろう。
「じゃあ、たとえばどんな風に話し合うんだ?」
「そうだな……“退部を考えている”って話をした子がいるらしいし、
それはどんな経緯なのか聞きたい。
あとは『篠田先輩と口論していた』って噂もあるけど、それが本当なら理由は何か」
沙季先輩が次々と核心を突いていく。
すると、部員たちの間に一瞬ピリッとした空気が走る。
(こりゃ、部員同士で不満や秘密が出るかもしれない)
俺は大谷と視線を交わす。
大谷もうなずくように小声で「こりゃ荒れそうだな」と言った。
◇◇◇
不満と不安が噴出する部員たち
数人の部員が「実は最近、篠田先輩が黒川先生と何か言い争っていたのを見かけた」と証言し始める。
「それで部活の雰囲気がギスギスしていたんじゃないか」とか、
「先輩たちがいがみ合うなら、自分たちがサーフィンやってる意味は……」など、
次々と愚痴や不安が飛び出した。
ひなたはオロオロしながら、ノートに必死にメモを取っている。
黒川先生は黙ってそれを聞いているが、表情は険しいままだ。
「キャプテンが足を怪我してるのに、なんで無理して大会に出ようとするんだ?
そこをまず解決しないと、黒川先生だって焦るはずですよね?」
ある部員の問いかけに、篠田先輩は苦い顔をする。
「そりゃ、俺にとって大事な大会だからな……無理でも出たいんだよ」とぼそり。
黒川先生が重い口調で口を開く。
「篠田、お前にそれだけの覚悟があるのはわかる。
だが、もし怪我が悪化したらどうする?
将来を棒に振ることになるかもしれないんだぞ」
「先生には関係ありません」
篠田先輩が即答する。
厳密には顧問とキャプテンという関係なのだから「関係ない」はずがないのに、
その言葉には強い拒絶がこもっているようだ。
(やっぱり二人の間に何かある……?)
そんなことを考えていると、沙季先輩が口を挟む。
「そこまで言うなら、ボードが盗まれたことも、実は誰かの『篠田先輩を止めるための行動』かもしれないって思ってしまう」
部員たちはどよめき、「そんなの無茶苦茶だ」と反発する声も上がるが、
沙季先輩はじっと篠田先輩と黒川先生を見据える。
「……本当に心当たりはないんですか?
先生は怪我を悪化させたくないから、篠田先輩に大会を諦めさせようとしてるんじゃ?
……すみません、疑うわけじゃないけど、私だって勝ちたいんです。
もし先生が隠してることがあるなら教えてほしい」
黒川先生の表情がピクリと動く。
しかし何も答えず、部員たちを見渡すだけだ。
(先生と篠田先輩――どちらにも事情があるように見える)
だが、ここで「実は先生が犯人でした」なんて名乗り出るわけもなく、
話し合いは次第にピリピリした雰囲気へ。
(やばいな。これ以上やると、完全に部が崩壊してしまう)
「みんな落ち着こうぜ!」
我慢できず、大谷が声を上げた。
「どうしても内部で疑うなら、ちゃんとエビデンスを集めてからにしようぜ。
相沢、何か意見ないか?」
いきなり話を振られ、心臓が高鳴る。
Uh, veamos, ......."
何か言わなきゃいけないが、俺は部外者に等しい立場。
下手に発言して余計に混乱させるかもしれない。
それでも、黙って見ているのは気が引ける。
「……とりあえず、犯人探しをするにしても、みんなバラバラじゃ見つからないと思います。
もし“外部犯行”って可能性もあるなら、監視カメラとか、波止場周辺の目撃情報とか、もっと調べてみる必要があるはず。
みんなが疑心暗鬼になるより、まずは事実を固めてみませんか?」
息を切らしながら言い終えると、部員の一人が「ああ、確かに……」と賛同の声を出してくれた。
沙季先輩もうなずき、口元をきゅっと引き結ぶ。
「そうだね。私も疑うつもりはなかったけど……不安が募ると、つい無茶な想像をしちゃって」
「……悪かったな」
篠田先輩が小さく呟く。
黒川先生は相変わらず沈黙を貫いていたが、やがて「少し頭を冷やそう」と言い、部室を出て行ってしまった。
集まった部員たちは、取りあえず話し合いを一旦打ち切るかたちに。
ひなたは、その場を収めるように「また何かあればメモに書いておいてください」と呼びかけていた。
(とにかく、ここで大喧嘩にならなくてよかった……)
俺はそう胸をなで下ろす。
しかし、篠田先輩の足の問題、先生の態度、沙季先輩の焦り……問題は山積みのままだ。
◇◇◇
部室を出たあとの小さな手がかり
話し合いが終わり、部活も半ば強引に解散の雰囲気になってしまった。
大半の部員が「気分が乗らない」と帰ってしまい、練習もまともに行われない。
俺と大谷、ひなたの3人は、どうすることもできずに廊下へ出る。
「はあ……ごめんね、相沢くんたちまで巻き込んじゃって」
「別に謝ることじゃないだろ。誰も悪くないんだから」
大谷があっさり返すと、ひなたは「ありがとう」と苦笑する。
そのとき、廊下の隅の掃除用具入れの前で佇む人影が目に留まった。
見ると、生徒会長の桐生先輩だ。
「あ、桐生先輩……」
声をかけると、桐生先輩は微かな笑みで「こっちへ来て」と手招きした。
「実はね、監視カメラのデータをざっと確認したんだけど……
夜中に校舎裏を通る人影が一度だけ映っていたわ」
「本当ですか?」
大谷とひなたが身を乗り出す。
桐生先輩はスマホの画面を見せてくれる。
暗くて鮮明には見えないが、確かにフードを被ったような人物が映っていた。
校舎裏を横切って、どこかへ消えていくシルエット。
「顔までははっきりしない。でも、背格好からして、男性っぽい。
日付はボードが消えた当日の深夜。時間は午前1時過ぎくらい」
「午前1時……?」
俺は唸る。
その時間帯に、誰が学校に侵入できるのか。
顧問の先生なら鍵を持っているだろうが、まさか先生がこんな形で忍び込むのか?
(けど、夜の倉庫に入ったフード男……昨日、俺が感じた違和感がますます形を帯びてきた)
桐生先輩は穏やかな口調で続ける。
「校舎裏には、使われていない倉庫があるでしょ?
そこに何か手がかりがあるかもしれない。
……もし二人(航平と大谷)に時間があれば、顧問の先生やひなたと一緒に調べに行ってみるといいわよ」
「わかりました。ありがとうございます」
ひなたも「これって大きな手がかりかも」と期待を込めた目をしている。
「ただ、気をつけて。夜中に勝手に学校に入るのは危険だし、学校的にも問題になる。
必ず黒川先生の許可を得て行動すること。いいわね?」
桐生先輩が念を押すように言い、俺たちも素直に「はい」と頷く。
内部犯行か外部犯行かはまだわからないが、
少なくとも“夜に校舎裏をうろついていた謎の人物”がいる以上、
そこを調べる価値は確実にありそうだ。
(あの映像に映っていたフード姿の人物が、波止場で逃げた相手……なんて可能性も?)
昼に見かけた謎の人影が頭をよぎる。
もしかしたら、両方同じ人間ならば、何か目的があるのかもしれない。
ひなたも興奮混じりに「これは何かが動きそう」と言う。
(そうだ、やるべきことが少し明確になった。行動しなきゃ――)
俺は深く息を吸い込み、改めて心を奮い立たせる。
“怖くても踏み出せなかった自分”を少しでも変えてみたい。
「よし、黒川先生にも確認してみよう」
大谷とひなたがうなずく。
事件はまだ始まったばかりだ。
だが、ほんの小さな光が見えた気がする。
果たして夜の倉庫に隠されたものは何か。
犯人は本当に内部の誰かなのか、それとも外部の妨害か。
色々な疑惑を胸に抱えながら、俺たちは今日の部活動エリアを後にした。
◇◇◇
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