1. 雨の校庭へ
夜の雨が降り続く鏡の世界の校庭。ソレナトリオ(レオ、ナオキ、ソウタ)は、赤い傘を差した少女らしき影を追うため、昇降口から外へ飛び出した。
「いきなり濡れるな……」
レオが苦笑混じりに傘もないまま走り出す。ナオキはメガネに水滴がつくのを気にしながらも、赤い傘を見失わないよう必死に視線を巡らせる。ソウタは一番怖がりつつも、“誰かが雨の中で困っているなら助けたい”という思いが強く、二人に続いて校庭の闇を走っていた。
そこには、闇と雨音だけが支配する空間が広がり、鏡の世界の夜ということもあって、どこか生温いような、湿った不快感を伴う風が吹きつけている。懐中電灯で照らしても視界は悪いが、微かに赤い傘の色が揺れているのがわかった。
2. たどり着いた場所
「そっち、行ったよ!」
レオが叫ぶように声を上げ、ナオキとソウタが後ろを追う。雨足が強まり、ずぶ濡れになりながらも、つかの間、傘の赤色が踊るように見えた。
やがて三人が到達したのは、校庭の奥にある古い倉庫の壁際。雨を避けるように少女の影がそこに佇んでいるらしい。
「そ……そこにいるの……?」
ソウタが震える声で呼びかけるが、返事はない。ただ、赤い傘の下で動かない人影が、酷く心細そうに見える。ナオキは懐中電灯を向けようとしたが、傘の裏に光が反射して少女の姿ははっきりしない。
3. ソウタの優しいアプローチ
レオが前に出ようとするが、ソウタがそっと腕を引き止める。強引に近づけば、相手が逃げるかもしれない。そもそも人間なのか幽霊なのかもわからない――しかし、ソウタは「ここは自分に任せて」と小さく呟く。
雨の中、彼は懐中電灯を地面に置き、傘も何もないまま少女のほうへゆっくり歩み寄った。赤い傘の下には、黒いローファーと濡れた足首が見えており、確かに人型の存在がそこに立っている。
「大丈夫……? 濡れてるね……」
ソウタは震える声で語りかける。彼自身もずぶ濡れだが、少女を気遣うのを優先した。レオとナオキは遠巻きにその様子を見守り、何が起こるかと息を詰める。
4. 赤い傘の少女、わずかな動き
少女――と思しき存在が、一瞬だけソウタの言葉に反応するかのように、わずかに傘を動かす。しかし、顔は下を向いたまま見えない。雨に打たれた赤い布地からは、ポタポタと染み出す水滴が落ちていた。
「……寒くないの?」
ソウタがさらに問いかけるが、静寂の中で雨音だけが返ってくる。思わず涙がこみ上げそうなほど、ソウタは少女が感じているだろう孤独を想像し、胸が痛んだ。
“この子は、いったい何を訴えようとしているんだろう? どうしてこんなに雨の夜を一人で……?”
そう考えると、恐怖よりも放っておけない気持ちが勝ってしまう。
5. 孤独な想いに触れる瞬間
少女は動かず、傘の赤い色だけが雨粒に反射して幻想的に揺らめく。ソウタがゆっくり手を伸ばそうとすると、少女は微かに肩をすくめたように見える。すっと手を引きつつ、ソウタは優しく言う。
「一人でここにいるのが寂しいなら……一緒に屋内に行こう?」
大きくはない声だったが、その言葉に少女は反応した。傘の奥で、か細い息づかいのようなものが聞こえ、風がひときわ強く吹きつける。レオとナオキも足元が滑りそうになりながら身構えるが、特に異変は起こらない。
ただ、雨の音が妙に静かに感じられたその一瞬、ソウタは少女の視線を感じ取った。強烈な悲しみと孤独が、ひどく切ない色を帯びて胸に伝わってくるかのようだ。
6. 静かな決意
突然、少女は赤い傘を少しだけ開き直し、くるりと背中を向けると、校庭の暗がりへスッと歩み去っていった。まるで、水たまりに溶けるように、傘の赤が闇に吸い込まれていく。三人は咄嗟に追おうとするが、足が滑って転びそうになり、転倒までは免れたが大きく体勢を崩してしまう。
「消えた……?」
レオが驚きと落胆を混ぜた声を漏らす。ナオキは懐中電灯を振り回すが、どこにも少女の姿は見当たらない。
ソウタは切なげに唇を噛んで、「きっと……孤独だったんだ」と小さく呟く。彼自身が少女の視線に触れた一瞬、言葉ではない何かを感じ取った気がしてならない。助けを求めるでもなく、ただ悲しい想いを抱えて雨の夜を漂う“赤い傘の少女”。彼女が七不思議に数えられる理由も、そこに隠されているのかもしれない。
「もうちょっと話せば……何か伝わったかな」
そう言うソウタを、レオとナオキは無言で見つめる。三人がずぶ濡れのまま見上げる夜空には、鏡の世界特有の鈍い雨雲が広がっていた。
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