第13話「代役センターの進化と、痛みと向き合う真琴」
1. 週末練習、予想外の盛り上がり
土曜日の昼下がり。先週決めたとおり、**ロックパートの“プランB”**を試すために、ダンスサークルメンバーが学生会館の練習室に集まっていた。
まだ講義期間中ではあるものの、週末ということもあって初心者組も含め多くの人が集まれる貴重な日だ。私はリーダーとして、前日から練習スケジュールやフォーメーション図を作成し、メンバーの到着を待っていた。
やがて全員がそろい、音響担当の**大谷 翔(おおたに しょう)がノートパソコンのスピーカーをセットし始める。ロックパートでは真琴に代わって“センター”を務める可能性のある翔と中村 咲(なかむら さき)**が、そわそわと落ち着かない様子。
「いやぁ、まさか自分がロックパートの真ん中張るかもしれないとは……」
「私もビックリですよ。でも、やるなら全力で頑張りたい……!」
翔と咲がお互い苦笑しながらも、少しずつ闘志をみなぎらせているのが伝わってきた。
そして、今回の練習を見守るのが**佐藤 真琴(さとう まこと)**本人。足首の痛みは少しずつ軽減しているとはいえ、まだ激しい動きはNGだ。真琴は練習室の隅に腰を下ろし、シップで固定した足首を冷やしながら、時折アドバイスをくれる。
「そこ! もうちょっと体を深く沈めてからジャンプするとロック感出るよ!」
「咲、腕の振りにもっと勢いを。翔はステップの軸をブレないように!」
声だけは相変わらず元気だけど、動けないもどかしさが表情に見え隠れする。私はそんな真琴をちらりと見やり、どうにか励ましたい気持ちになる。
2. ロックパート“プランB”の仕上がりは?
さっそく音楽をかけ、ロックパートの振り付けを試す。翔が前へ飛び出し、咲が横からフォローしながらセンターを交代するイメージ。元々は真琴ひとりが圧倒的なパワーで引っ張る構成だったが、二人のキャラを活かすために掛け合い式にしてみた。
イントロで翔が「うおお!」と声を出し、咲がクールに腕を振り下ろすと、合宿で培った初心者組の基礎がちゃんと反映されているのがわかる。咲はまだぎこちないが、真剣な顔つきで音に合わせようとしている。翔はコミカル寄りの動きに見えがちだが、ロックパートのシャープさも意識して頑張っている様子。
試しに一度通してみると、思ったより形になっていた。メンバーたちからは「おお、悪くない」「むしろ面白いかも!」「翔と咲の化学反応が意外といい」など好感触の声が続々と上がる。
それを見守る真琴も「やるじゃん……!」と嬉しそうだ。ただ、やはり本人の目には少し悔しさが混じっているようにも見える。
しかし、問題は体力und表現力。わずか数分のロックパートで、初心者の咲はすぐ息を切らし、翔も体のキレが甘くなる瞬間がある。真琴がやっていた頃の激しさとはまだ差がある。
「うわ、しんど……。ロック曲ってこんなに疲れるんだな……」
翔が膝に手をつき息を吐くと、咲も頬を赤らめて「すみません、私、基礎体力が全然足りなくて……」と苦笑。すると真琴が「そこは慣れだよ! 何度も通して踊って体に覚えさせれば、自然と動けるようになる!」と声をかける。
私たちはまた1回、2回と曲をかけ直してロックパートを繰り返す。だんだんと息が合ってきたのがわかるし、咲のステップも少しキレが増してきた。真琴のアドバイスが的確なこともあって、みんな手応えを感じ始めている。
3. 真琴、足首の痛みと向き合う
そんな中、練習室の隅から動かない真琴を見て、**宮田 シズク(みやた しずく)**がふと声をかける。
「ねえ、足首の具合、本当にどう? マッサージとかリハビリはちゃんとしてるの?」
シズクはクールな性格だが、メンバーの体調には誰よりも敏感だ。実際、彼女自身も体のケアをきちんとするタイプで、スポーツ医療に興味を持っているらしい。
「うん、やってる。でも、痛みの引き方が思ったより遅いんだよね。医者には“完全にダンス復帰するには最低でもあと2週間”とか言われたし……文化祭ギリギリってことになる」
「そう……。無理して悪化させたら元も子もないし、文化祭後まで尾を引くかもしれないわ。今のままのプランBで進めるしかないかもね」
真琴は唇をかみしめたまま黙り込み、やがて小さく息を吐く。
「アタシ、ロックパートは絶対に成功させたいから、翔と咲を全力でサポートするよ。それが今のアタシにできることだし……」
その言葉には悔しさもあるが、どこか吹っ切れたような清々しさも感じられた。リーダーとして、私はその決断を尊重してあげたいと強く思う。
4. 一方、音響側も慌ただしく
さて、ロックパートの代役問題が一歩進んだ一方で、ステージ音響リハの短縮は依然として不安材料となっている。
練習の合間、ディスコパート担当の翔が「次のオフに機材室で音量調整してくるわ」と宣言した。**鈴木 真由(すずき まゆ)**も「暗転の時間が短くても、衣装や小物で魅せる工夫を考えたいし、衣装担当として付き合う!」と乗り気。合宿で生まれたアイデアの中には、光るペイントなどの小道具もあったが、暗転時間が限られるために活かしきれない可能性が高い。
結局、真由は「光ペイントはポイント的に少しだけ使うかも!」と妥協しつつ、派手な演出を全て詰め込むのは難しいと悟ってきたようだ。
さらに、リカ先輩から連絡が入り、当日の音響スタッフとの打ち合わせ日程が決まったらしい。
."来週末に音響スタッフがまとめて打ち合わせする場を設定したって連絡があったわ。そこで曲の繋ぎや音量レベルを確認できそうよ」
リカ先輩のメッセージを読んだ私たちは、大きく安堵する。一応、短縮リハとは別に事前打ち合わせの機会を作ってもらえたのは大きい。そこでしっかりアピールすれば、本番当日の音響トラブルを最小限にできるかもしれない。
5. 初心者組「自主練祭り」の成果
その週末の夜、初心者組が企画していた「自主練祭り」に私も顔を出してみた。大学の学生会館は夜まで開放されているので、予約しておいたサークル室に10人ほどが集まっている。
中村 咲und ... und佐々木 拓也が中心となり、パソコンで合宿時の動画や先輩が撮った振り付け動画を流しながら、ステップやフォーメーションを確認している。
「咲ちゃん、ロックパートセンターの練習は大丈夫?」
私が尋ねると、咲は「あ、リーダー! 見てください、ちょっと動きを変えてみたんですよ」と言って、実際にステップとアームムーブを披露してくれた。合宿時よりずいぶんとキレがあり、真琴のアドバイスを活かしているのがわかる。
「わあ、すごい! どんどん上達してるね!」
私が拍手すると、周りの初心者組も「咲ちゃん、まじですごい」「センターっぽくなってきたよ」と口々に称える。
また、ディスコパートやK-POPパートに参加するメンバーも、それぞれ細かい振りを合わせようと必死だ。中には私に「このステップ、足がもつれちゃうんですけどどうすればいいですか?」と質問してくる子もいて、嬉しい悲鳴だ。
「こうやって一緒に悩みながら練習するのは、昔の自分を思い出すな……」
私は懐かしさを感じながら、一人ひとりにアドバイスをして回る。リーダーとして忙しいけれど、ダンスを教えるのはやっぱり楽しいと再認識する時間となった。
6. 真琴の揺れる想い
そんな初心者組の熱気とは裏腹に、真琴は依然として足首の具合に悩まされていた。翌週の平日練習に来たときも、「ちょっと痛みはあるけど、無理しなければ大丈夫」と言いながらソワソワ落ち着かない。
ロックパートの通し練習が始まると、翔&咲がセンターで踊り、真琴は後方からアドバイスを叫ぶ。皆が「いい感じ!」と盛り上がる一方で、真琴の表情は複雑そうだ。
シズクがそんな真琴に肩を叩いて声をかける。「大丈夫? 気落ちしてない?」
真琴は無言で首を振った後、ぽつりと本音を漏らす。
「アタシが踊りたいのは山々だけど……翔と咲がすごく良くなってるのを見ると、なんか嬉しいけど寂しいというか。無理に復帰して、完成度を下げるくらいなら、このまま二人に任せたほうがいいのかとも思っちゃうんだよね……」
その言葉に、シズクも黙り込む。真琴の葛藤は痛いほどわかる。安易に「復帰すればいい」なんて言えない状況だ。
7. 偶然のひらめき、三人体制はあり?
その日は部屋の使用時間が迫っていたため、最後にもう一度ロックパートを通して練習をして解散となった。踊り終わると、翔は汗だくで「うおー、疲れた!」と吹き出し、咲も息を切らしながら「何とか形になってきましたね」と微笑む。
一方、真琴は「ナイスダンス!」と拍手しつつも、やはりどこか空虚な顔をしていた。思わず私は軽く声をかける。
「ねえ、真琴、もし本番直前に足がそこそこ回復したら……三人体制でロックパートをやるってのは、ありなのかな?」
「三人体制?」
「そう。基本は翔&咲がセンターを回しつつ、真琴も無理のない範囲でポイント的に入る。たとえばサビの最後だけ一緒に飛ぶとか、アピール部分だけ参加するとか……」
自分でも突拍子もない提案だと思ったが、真琴は一瞬目を丸くしてから、はっと表情を変えた。
「あ……それ、いいかも。アタシが全部踊るのは厳しいけど、ある程度動けるなら“部分参加”はできるかもしれない。むしろ、3人で絡むロックパートとか面白そうじゃん!」
翔や咲にも声をかけてみると、「まじ? 三人体制? それはそれで斬新かも……!」「ステージ上で盛り上がる動きになるかな?」と反応は悪くない。まだ実現できるかはわからないが、真琴にとっては希望の光だ。
8. 音響打ち合わせ、意外な問題
数日後、Rica Aoyama先輩がセッティングしてくれた音響スタッフとの打ち合わせに、私と翔、真由が参加することになった。学内のサークル連絡室には、同じくステージ出演団体のメンバーがずらりと並んでいて、皆も不安げな表情をしている。
「うちはダンスサークルなんで曲をつなぐんですが、リハ時間が短いと繋ぎの最終チェックが難しくて……」
私が音響担当の先輩に相談すると、彼は苦笑しながら「ほんとごめんね。ステージ機材が古いし、人手も足りなくて。どうしてもトラブルが起きがちだから、なるべく事前に音源の設定を合わせておいてほしいんだよね」と申し訳なさそうに言う。
翔がすかさず「事前に音量やSEのレベル合わせはやってます。でも、実際ステージで流すと響き方が違うじゃないですか。そこを本番直前に調整できないのがきついんですよね……」と食い下がるが、先輩は「わかる! でも、他にもバンドとか劇団とかいてね、うちもカツカツなんだ……」と肩を落とす。
最終的には「本番当日、出番の直前に数十秒だけ音を流してみる時間を作れないか」など、妥協策を模索することになった。正式なOKはもらえなかったが、「そこは当日の進行状況次第で柔軟にやってみる」と前向きに言ってもらえただけでも収穫だ。
「少しでも希望が持てたかな……」
打ち合わせを終えて廊下に出た私たちは、疲れた表情をしながらも一筋の光明を見いだしていた。
9. 文化祭前の緊張感、そして新たな決意
打ち合わせから数日後、大学はさらに文化祭モード全開に突入。出店やステージの準備をめぐるアナウンスが連日流れ、廊下には大きなポスターが貼られる。サークル練習室でも「あと2週間!」「もうすぐリハだ!」と誰もがそわそわしている。
私、桜井 小春はリーダーとしての仕事が山積みで、正直パンク寸前だ。練習スケジュールの調整、音源の修正版チェック、初心者組のフォロー、真琴のケアに加え、リカ先輩とのやり取りもある。それでも、みんなが頑張ってくれているのを感じると、倒れるわけにはいかない。
「リーダーなんてやっぱり荷が重い……でも、ここでへこたれたら後悔しそうだもんね」
自宅で夜中まで書類を整理しながら、私は自分に言い聞かせる。“ステップ・バイ・ステージ”、一歩ずつ――そうつぶやけば、合宿での熱い空気がまた胸に甦る。
Epilog
こうして、ロックパートの“プランB”は着実に精度を増し、真琴が部分的に復帰できるなら“プランC”とも呼べる“三人体制”も視野に入ってきた。音響リハは短いままだが、事前の打ち合わせやシンプル化でなんとか乗り切れそう。初心者組も自主練を続け、少しずつ自信をつけている。
問題は山積みなのに、チームの空気は以前より前向きだ。もしかすると、合宿での成長と、幾多の衝突や挫折を一緒に乗り越えた経験がみんなを強くしたのかもしれない。
文化祭まで、あと2週間。
足首の痛みと戦う真琴、派手な演出を削ぎ落とした音響プラン、そして練習時間を工夫する初心者組。どれも万全ではないが、私たちの“ステップ”は確実にステージに近づいている――そう信じて、今度の週末は全体通し練習に挑むのだ。
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