第二章①:理科室に潜む動く影

1. 次なる不思議の手がかり

夜の音楽室に現れた幽霊少女の未練を晴らし、「第一の不思議」を無事解決したソレナトリオ――レオ、ナオキ、ソウタの三人は、次なる謎へ挑むために鏡の世界を巡っていた。
学校に伝わる七不思議の一つ、「理科室の人体模型が夜な夜な動き回る」という噂を思い出すや、三人は迷わず目標を定める。幽霊の類ならともかく、人体模型が動くなんて本当なのか? しかし、鏡の世界で起きることなら、あり得ないと断言はできない。
ナオキは地図を広げているが、ここは左右が反転した異空間。うろ覚えの記憶に頼るしかない。「理科室は現実の学校だと廊下突き当たりの右側だけど、こっちでは逆になってるかもな」と、少し自嘲気味に言う。

「それでも行くしかないっしょ」
レオが気合いを入れると、ソウタは「それな……」と力なく返事する。第一の不思議を解決したばかりだが、二人の疲労は隠せない。鏡の世界特有の重苦しい雰囲気が、心身にじわじわと浸透していくのだ。
「動く人体模型って、どういう仕組みなのかな……」
ナオキは理詰めで考えながらも、鏡の世界に来てから自分の常識が通用しない状況が増えたため、モヤモヤした思いを抱えていた。


2. 薄暗い廊下と学習標本

夕方か夜かわからないが、薄暗い光が廊下を包みこむ。割れた窓から吹き込む風が、朽ちた木の床をきしませる。三人は足を一歩ずつ踏み出すたびに、見えない不安を押し込めようとしていた。
ようやく“理科室”とおぼしき扉を発見すると、扉にはかすれた文字で「科学準備室」と読めなくもない痕跡がある。ソウタは「大丈夫かな……」と呟いてから、ナオキとレオの後ろに隠れるように立つ。レオは静かに扉を開き、懐中電灯を差し込んだ。

床には黒ずんだ染みやガラス片、そして何かの薬品の瓶らしき破片が散らばっている。棚にはホコリを被ったビーカーやフラスコが並び、天井には剥がれかけのポスターが逆さにぶら下がっている。まるで時間が止まり、荒廃したまま放置された空間だ。
「人体模型は……どこにあるんだろう」
ナオキがメガネを外し、埃を拭いながら室内を見回す。そこへソウタが「え……あれ?」と小さく声を漏らす。奥の暗がりに、人型のシルエットが立っている気がしたのだ。


3. 動く人影

三人は懐中電灯をそちらに向けると、白く光を反射する学習標本――いわゆる人体模型が、骨格や筋肉の一部が剥き出しになった形でこちらを向いている。人形というより、妙にリアルな造形で、不気味さに三人は息を呑む。
「うわ、こっち見てるみたい……」
ソウタが後ずさりする。ナオキは理性的に考えようとするが、鏡の世界で起こった不条理を思い返すほどに、動く人体模型という噂を馬鹿にはできない。レオは恐る恐る近づこうとするが、模型の顔(眼球のない瞳孔部分)が不気味に微笑んでいるように見える。
「た、たぶん動かないよな……?」
声を出そうとした瞬間、棚の奥でカタリという音がした。レオが懐中電灯を向けると、模型とは別の影が動いたような気がする。三人は黙ったまま、じりじりと後ずさりした。


4. 実験器具と残されたメッセージ

意を決して室内を探索してみると、人体模型はやはり動かないままそこに立っている。しかし、ナオキが「でも、いつ別の場所に移動するか……」と疑い深い目で観察を続けている。ソウタは棚に目を向け、紙の切れ端が突き出ているのを見つけた。
取り出してみると、それは理科準備室のノートの一部らしく、何やら実験レポートが書かれている。鏡の世界の文字は左右反転しているが、ナオキが苦労して解読したところ、「人体模型の関節を動かす仕組み」「夜になると動き出すという噂」といった走り書きが読める。
「どうやら、誰かが“人体模型を動かす実験”をしていたみたいだぞ?」
ナオキが驚きを込めて呟く。レオは「まじかよ……」と嫌そうな顔をする。ソウタは「実験って、何のために……?」と首をかしげた。
傍らには、「モデルが動くために必要な“エネルギー”を与える」などの謎めいたフレーズが書かれている。科学的ともオカルト的ともつかない内容に、ナオキは困惑し、レオはむしろ興味をそそられた様子だ。


5. 「誰かが動かしてる」? それとも……

棚の奥には、配線らしき細いケーブルや、何かの小型モーターの部品と思われるものが散らばっている。ソウタは「これ、もしかして理科室の先生か生徒が、人体模型をロボットみたいに改造しようとしたんじゃ……?」と推測した。
鏡の世界の噂――「夜な夜な動く人体模型」とは、単に誰かのイタズラや実験の産物なのだろうか。しかし、鏡の世界では現実の常識が当てはまらないことも多い。もしかしたら、魂が宿っている可能性も否定できない。ナオキはその考えを打ち消そうとするが、何とも言いがたい。

「とりあえず、このノートの情報をもう少し集めよう。動かす仕組みを解明できれば、不思議を解決できるかもしれない」
レオが提案すると、ソウタとナオキも真剣な面持ちで同意する。夜の音楽室と同じく、この“動く模型”も、何かしらの“想い”によって動かされているのかもしれない。あるいは、純粋に科学的な仕掛けが施されているのかもしれない――いずれにせよ、探る価値はある。


6. カタリ… 動いた?

三人がノートの残りページを探していると、カタリ……という音がした。ソウタがビクリと肩を振るわせ、ナオキはすぐに音源を探すよう懐中電灯を向ける。
「まさか、本当に動き出したのか……?」
レオは恐る恐る人体模型のほうを見る。そこには、先ほどとは少しだけ角度が変わったように見える白い影が立っていた。まるで首がわずかに傾いているかのようだ。三人は一斉に息をのみ、足がすくむ。
「こ、こわ……」
ソウタが声を震わせつつ、小さく呟く。レオはそれを聞きながら、動揺する自分を奮い立たせるように強く床を踏みしめる。ナオキは何とか理屈を探そうとするが、鏡の世界に来てから成功した試しがない。
それでも、三人には共通の合言葉がある。「七不思議」を解決しなければ元に戻れない。だったら、向き合うしかない――そう結論づけ、レオは僅かに震える手でドアを閉め、室内を再度見回す決意を固めた。

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