第15話「最後のピース:隠されたボード」-『波間に揺らぐ、あの日の勇気』


――黒川修二(くろかわ しゅうじ)先生が、
盗難犯だったと判明してから数日が経過。

罪は罪。
校内では騒動が大きくなり、先生自身も謹慎処分に入ることが確定。
まさかの結末に、サーフィン部員たちは打ちひしがれていた。

 

だが、インターハイ予選は容赦なく迫ってくる。

足に深刻な痛みを抱えるキャプテン・篠田晃(しのだ あきら)は、
「今しかない勝負」を諦めるつもりはまったくない。

顧問という支柱を失いかけているサーフィン部は、
どうやって最終調整を乗り切るのか。

そして――
本当に篠田先輩の足は持つのか?

 

「ボードが戻っても、この足じゃ……」
それでも彼は笑って言う。
「俺には、もうこれしかないんだ」

 

先生の“歪んだ愛情”が引き起こした盗難事件は、
ひとまず解決こそしたが、

その余波は、まだ部全体を飲み込み続けていた。

 


 

1. 先生のいない部室

 

謹慎処分が始まった朝、
サーフィン部の部室はガランとしていた。

以前は朝早くから、黒川先生が「鍵の管理をちゃんとやれ」と声を掛けていたのに、
いまやその姿はない。

 

廊下で、大谷知樹(おおたに ともき)が困ったような顔で言う。

「鍵、どうするんだ? 顧問が不在じゃ使いにくいんじゃない?」

 

航平――俺は、教室でもらった情報を伝える。

「どうやら副顧問の先生が代理で鍵を管理することになったらしいよ。
“形だけ”副顧問やってる先生がいるって噂。
けど、実質サーフィン部に関わってないも同然だから、アテにできないかも」

 

「そっか……。
鍵の管理は事件の元でもあったし、またゴタゴタしそうだなぁ」

 

大谷が嘆きながら、足早に部室へ向かう。
そこには既に部員が数名集まっていて、篠田晃先輩も姿を見せている。

もちろん、右足にはテーピングの大きな巻き付け。
痛々しいが、本人は強がって「朝練したかったのに、鍵を取るのに手間取った」と不機嫌そうだ。

 

「先生がいなくなっても、俺は続ける。
 部活は俺たちだけでも成り立つしな」

篠田先輩はそう言い、部員たちを奮い立たせるようにタオルを投げる。
「今日は放課後に少しでも海に行く。足が痛くても最低限の感覚は取り戻さないと」

 

周囲の部員が「ほんと大丈夫か……?」と口々に心配しても、
先輩は「大丈夫だ」と一蹴。
なまじ本気だから、止める言葉も出てこない。

 

マネージャーの橘ひなた(たちばな ひなた)がそばに駆け寄り、

「先輩、やっぱりアイシンググッズとか持っていきましょう。すぐに冷やせるようにして……」
と提案すると、先輩は「助かる」と微かに微笑む。

 

見れば、その足の動きは想像以上に悪い。
明らかに筋を痛めた動き方だが、先輩は強がっている。

(先生が必死に止めようとした理由が痛いほどわかる……)

航平=俺はそう痛感しつつ、何も言えず黙って見守る。


 

2. 足を押してでも海へ

 

放課後、篠田先輩はボードを抱えて部室を出る。
今回の鍵管理は副顧問の先生が形だけ渡してくれて、練習場の海に行くのは容認されたようだ。

 

だが、沙季(かわくぼ さき)先輩は心配げに問いかける。

「先輩、足首、ちゃんとテーピングだけで大丈夫?
 もっと完璧に固定しないと、下手したら海で転倒したとき大変だよ」

 

「知らねえよ、気合でどうにかする。
 それに、大会当日もどうせ痛み止めで誤魔化すしかない。
 今のうち慣れておかないとダメだろ」

 

その強硬姿勢を見て、周りの部員がたじろぐ。
ひなたはタオルや冷却スプレーを持ちながら、「あたしも行きます。途中で休憩挟みましょう!」と声を掛けるが、先輩は「うるせえ、わかってる」と機嫌が悪い。

 

「よし、じゃあ行こう。航平、お前も一緒に来るか?」

篠田先輩が俺を振り返った。
俺は一瞬戸惑う。サーフィン経験はほぼゼロ、見学かサポートくらいしかできないが……。

 

「え、いいんですか? 迷惑じゃ……」

 

「迷惑なもんか。むしろお前、事件のときは色々力になってくれたろ。
 先生がこういう状況だし、俺たちだけだと不安もある。
 お前が車出せるわけでもないが、いてくれると助かるんだ」

 

「わかりました。じゃあ一緒に行かせてもらいます」

 

それだけで、先輩は少しだけ破顔して「頼むな」と言う。
その顔は相当疲れているし、内心焦っているのが伝わるが、どうしようもない。


 

3. ぎこちない海の練習

 

荷物をかき集め、部員数名+篠田先輩&航平&ひなたの形で海へ移動する。
場所は学校から近い海岸。いつもの練習場だが、顧問の先生がいない。

 

高い波が来ているわけではないが、足が万全でない篠田先輩にとっては厳しいコンディションかもしれない。

 

「……これでテーピングはOK。痛み止めも飲んだ。
 さあ、行くか」

 

先輩が苦笑しながらウェットスーツ姿になり、ボードを抱える。
“本当に大丈夫なの?”という問いが頭を駆け巡るが、先輩は容赦なく海へ入っていく。

 

ひなたや他の部員が浜辺でタオルや応急セットを用意し、万が一に備える。
俺も「ドクターストップだろうに……」と気が気でないが、見守るしかない。

 

最初のテイクオフ、やはり苦戦が見て取れる。
足首に力が入らないのか、乗り切れずに波を逃してしまう。
それでも何度かパドルして波に挑むが、立ち上がった瞬間にバランスを崩し、海面へ落ちる。

 

「うわっ……!」

 

水しぶきが上がり、先輩の姿が波に呑まれる。
ひなたは思わず悲鳴を上げ、「先輩、平気!?」と駆け出しそうになる。

 

程なくして先輩が浮かび上がり、痛そうな顔をしながらも「大丈夫だ!」と叫ぶ。
まるで自分に言い聞かせるような虚勢だ。
浜辺に戻ると、足を引きずりながら唇を噛む。

 

「くそ……全然動けねえ。
 だけど、まだいける。次の波だ」

 

普段なら何度か失敗しても仕方ないが、今回は足に激痛が走るたびに致命的なダメージが増す可能性がある。
見ているこちらが胃がキリキリする。


 

4. つきまとう先生の影

 

そんな中、大谷が不意に「あれ……あそこ、人影ないか?」と砂浜の端を指さす。
遠目に見ると、立ち尽くすスーツ姿。
まさかと思って目を凝らすと……黒川先生だ。

 

「先生、謹慎中なのに……来てるんですね。やっぱり見に来たのか」

 

航平は複雑な胸中で、その影を見つめる。
先生はこちらを気にしているが、声を掛けることなくじっと海を見つめているだけの様子。

 

「……先輩は気づいてるのかな」

ひなたが心配そうに言う。
篠田先輩は海に入ったり出たりで必死で、自分の足に向き合うのに精一杯らしい。
先生に気づく暇すらないのか。

 

先生の表情までははっきり見えないが、
その佇まいからは強い哀しみや後悔、そして祈りのような感情が滲む気がした。

 

(今さら声を掛ける資格がないって、本人は思ってるのかもな……)

 

胸の奥がチクリと疼く。
先生が後悔するほどに、篠田先輩が暴走する展開になっている。
しかも、明らかに先輩は痛みで満足に波に乗れず、苛立ちを募らせている。


 

5. 苛立ちを爆発させる篠田先輩

 

案の定、波に乗り損ねる回数が増え、先輩は何度も転倒。
足をかばいながらでは難易度が高いコンディションだ。
1時間ほど試行錯誤を続けたが、ほとんど成果を得られない。

 

海から上がってきた篠田先輩は、思わず砂浜でボードを叩き、「ちくしょう……!」と荒い息を吐く。

 

「なんでこんなに動かないんだ……!
 痛いのは我慢できても、足が踏ん張れない。
 これじゃ大会で何もできないだろ……」

 

ひなたや沙季先輩がタオルを差し出し、「少し休憩しましょう」と優しく声をかけるが、先輩は苛立ちを隠せない。

 

「あと数日なのに……このままじゃ俺……」

 

悔しさに震える先輩。
そこへ、大谷が「あ、あそこに……」と指を差しそうになるが、慌てて口をつぐむ。
どうやら黒川先生の姿がまだあって、少しこちらに近づいてくる気配がある。

 

だが篠田先輩は気づいてない様子。
自分の足や状況への怒りで頭がいっぱいだ。

 

「……もういい。今日は帰ろう。
 足が動かないんじゃ練習にならねえ」

 

先輩は松葉杖を拾い上げ、ボードを抱えてフラフラ歩き出す。
周りが必死に手助けしても「放っといてくれ」と突き放す。
その背後に、遠巻きに見守る先生の影がある――
だが先輩は振り返らない。


 

6. 先生の視線、見えない和解

 

航平がチラリと先生を見やると、先生は目にわずかに涙を滲ませて立ち尽くしていた。
声をかけようと一歩踏み出すが、先生が小さく首を横に振るように合図してきた。

 

(謹慎中だし、先輩に顔を合わせられない……か)

 

そんなサイレントなやり取りに、歯がゆさが込み上げる。
先生は「足を壊してほしくない」という願いがありながら、もう止める資格を失い、物陰から見守るだけ。
篠田先輩も「絶対に出る」と突き進むが、足の痛みが邪魔をする。

 

(このままじゃ……どうなっちゃうんだ?)

 

大谷やひなたが先輩を支える形で車へ運び、海岸を後にする。
先生は何も言わず、そのまま静かに俯いているように見えた。


 

7. 慰め合う航平とひなた

 

その日の夜。
俺とひなたは、学校近くの商店街を歩きながら帰路に就く。

お互い、先輩の姿を見て暗い気持ちになるばかり。
足が動かず苦しむ先輩を前に、何もできない無力感が大きい。

 

「ねえ、航平くん……
 もし先輩が大会当日にあんな足の状態で波に乗ったら、本当に怪我が悪化しちゃうよね?」

 

ひなたが涙交じりに問いかけるので、俺は塞ぎながら頷く。

「正直、今のままだとやばいと思う。
 でも先輩は止めるなって態度だし、先生も謹慎で何も言えない。
 部員が説得しても聞かないだろうな……」

 

「どうしてこんな最悪な状況になっちゃったんだろう。
 先生が変に盗難なんかしなくても、先輩が足を直しながら大会に向かう道はいくらでもあったはずなのに。
 悲しいね」

 

ひなたはぽろぽろ泣きそうだ。
周りに通行人がいるから耐えている感じ。

俺は彼女の肩に手を置き、そっと呼びかける。

 

「……でも、先輩も先生も、本当はサーフィンを大好きでしょ?
 二人ともやり方がズレて大きな衝突になったけど、想いは純粋なんだよ。
 だから……そのピュアさが逆に悲劇を呼んだというか」

 

「うん……そうだね。
 あたしたちには見守ることしかできないのかな」

 

「そうなのかもしれない。
 ただ、先輩が怪我を悪化させないように、休憩を入れさせたり、アイシング手伝ったり、
 できる範囲でサポートしよう。
 インターハイ予選が終わったら、もし足が壊れても先輩は満足だとか言うけど、そんなの辛すぎる」

 

俺自身、先輩の挑戦を否定する気はない。
だが、結果的に人生が終わるような怪我をしてしまったら、先生の苦しみや後悔がさらに深くなるし、先輩も本当に納得できるのか疑問だ。

 

ひなたは小さく頷き、「うん。私たちにできること、やってみよう」と答える。
涙を拭い、
「ありがとう、航平くん。
 つい暗くなるばかりだけど、一緒に考えてくれて心強いよ」

 

その言葉にドキリと胸が熱くなる。
ラブコメ的には進展しそうな雰囲気だが、今は事件後の後始末モード。
まだ素直に喜べない。

 


 

8. 先生の回想――大怪我の真相

 

一方その夜、黒川先生は謹慎前の荷物を片付け、自宅で一人、昔のアルバムを開いていた。
高校時代、仲間やコーチと写った写真。
そこには、輝かしい笑顔の自分がいる。

 

「……あの波に挑んだせいで、俺の人生は変わった。
 でも、誰も止めてくれなかったわけじゃない。
 むしろ仲間や周囲は応援してくれた。
 それなのに失敗したのは俺自身だ――」

 

心の声が止まらない。
先生は当時を思い返す。
“プロを目指せる”と騒がれていた自分が、ビッグウェーブに無理をして乗ろうとし、
大怪我を負った。

 

怪我が治っても足は完全には戻らず、プロサーファーのオファーは潰えた。
周囲の大人は「何で誰も止めなかったんだ」という責任のなすり合い。
先生自身も「止めてほしかった」と失意に沈む――
それが高校時代の苦い記憶。

 

「篠田も同じになる……と思い込んで、あんな盗難に走るなんて……。
 俺は最低だな」

 

暗い部屋で、先生は頭を抱える。
謹慎が解けるかどうかはわからないが、もう顧問続投は難しいかもしれない。
それでも篠田の予選が気がかり。
自分がトラウマに縛られた結果、取り返しのつかない方向へ追い込んだのでは……と罪悪感が湧く。

 

結局、先生は寝付けないまま夜を明かしていく。


 

9. ――いよいよ大会へ

 

こうして、先生は過去の大怪我を回想しながら自責に沈み、
篠田先輩は足の痛みを押して海での練習を繰り返し、インターハイ予選当日を迎えようとしていた。
航平やひなたは、ただ隣でサポートすることしかできない。

ボード盗難事件は解決したが、
本当の“苦い決断”はこれからだ――

果たして篠田先輩は本当に出場して大丈夫なのか?
先生の想いはどうなるのか?
部員たちの不安は日ごとに膨らむが、
時間は止まってはくれない。

大会直前、波は確実に迫っている。
誰もが胸に秘めた想いを抱えたまま、
いよいよインターハイ予選の開幕へ――。

 

——第15話 終——

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