――退部生からの衝撃的な証言。
「黒川先生が“鍵を返せ”と言って、生徒と口論していたのを見かけた」。
その情報を得た俺たち(相沢航平・大谷知樹・橘ひなた)は、
サーフボード盗難事件の新たな糸口をつかめるかもしれないと思い、胸を高鳴らせていた。
同時に、キャプテン・篠田晃(しのだ・あきら)先輩のインターハイ出場は時間切れ寸前。
足の怪我が治る見込みは低く、彼自身も顧問の黒川修二(くろかわ・しゅうじ)先生を疑ったまま苦しんでいる。
もし鍵を持つ“真犯人”の存在が明らかになれば、先生への疑念が晴れると同時に、ボードが戻る可能性もある。
部の雰囲気を一気に変えるためにも、今こそ動くしかない――。
「真実はきっとすぐ近くにあるはず」。
そんな期待と不安を抱えながら、
俺たちは“先生と口論していた部員”の捜索に乗り出すことになった。
◇◇◇
1. 怪しい部員の行方
放課後、サーフィン部に顔を出す前に、
大谷が「ターゲットになりそうな人」を何名かピックアップしていた。
「こないだ篠田先輩が倒れた夜も顔を出してなかった奴ら……
しかも、先生とぶつかったかもしれない生徒……
となると、Aくん、Bくん、Cくんあたりが怪しい」
「名前伏せ字っぽいけど、確かにその三人は最近部活来てないですよね」
ひなたがノートを見ながら同意する。
サーフィン部は元々20人ほど在籍していたが、インターハイ直前に何人かは自然とフェードアウトしてしまった。
その中に、どうやら鍵を握る生徒がいるかもしれない。
「退部まではしていなくても、実質幽霊部員みたいに来なくなった人もいるしな……」
俺は溜め息をつく。
沙季(さき)先輩は腕を組み、真剣な目つきで言う。
「先生と“鍵を返せ”って口論してたとなると、
物置や器具室の鍵を勝手に借りパクしてた可能性がある子かもしれない。
だったら、かなり限られるわ」
「そうだね。倉庫の鍵は先生から正式に受け取るルートが決まってるし、
無断で持ち出すには、よほど勇気(または悪意)が必要だろうし……」
俺たちは一致した意見で、まずAくんに当たることにした。
Aくんは2年生で、インターハイ予選には出る気配がなかったため最近は部活に来ていない。
しかし、彼が昔「先生は厳しすぎる」「俺に鍵を貸してくれなかった」と愚痴を言っていたのを覚えている部員もいる。
(もしかして、Aくんが無断で鍵をキープしていて、それを利用して“犯行”に及んだのか……)
鍵がどこかで不正に使われていたという仮説は前からあったが、
退部生の新証言で「先生が鍵返却をめぐって口論していた」ことが具体化した。
あとは、Aくんがその“現場”に関わっていたかどうかを確かめるだけだ。
「Aくん、最近どうしてるんだろ。放課後は早めに帰宅してるらしいよ」
ひなたが少し困った顔で話す。
とりあえず、部活前に手分けして校内を探そうと決め、大谷とひなたが二手に分かれて情報収集。
俺は沙季先輩と一緒に昇降口や教室棟を回ることになった。
◇◇◇
2. 思わぬ場所での邂逅
沙季先輩と校内を回りながら、Aくんを探す。
しかし、それらしい姿は見当たらない。
すでに下校してしまったのかもと思った矢先、
校舎裏の小道から人の気配がした。
「もしかして……Aくん?」
沙季先輩が声をかけると、確かにそこにAくんが立っていた。
小柄な男子で、制服姿のままスマホを見つめている。
人に声をかけられて驚いたのか、サッと顔を上げた。
「……川久保先輩? それに相沢……」
少し戸惑った様子のAくん。
どうやら帰り際に、ここでスマホをいじっていたのだろう。
俺たちは勢い込んで近づく。
「悪い、ちょっと話があって。……最近、部に来てなかったけど元気?」
沙季先輩が努めて柔らかい声で話しかける。
Aくんは視線を伏せ、答えを渋っていたが、
「部の皆にも悪いと思ってるけど、もうやる気がなくて……」と本音を漏らした。
「そうか……まあそれは仕方ないけど、実は今、ボード盗難事件で困ってるのは知ってる?」
「うん……まあ、噂で聞いてはいる」
Aくんの目が微妙に泳ぐ。
俺は気まずそうに口を開く。
「Aくんに確かめたいことがあるんだ。
“先生と鍵について口論してた”って聞いたんだけど……何か思い当たることある?」
ビクリと肩を震わせるAくん。
「な、なんだよその質問……鍵って、何のこと……?」
明らかに挙動不審だ。
沙季先輩が一歩詰め寄る。
「正直に言って。黒川先生が“鍵を返せ”って言ってるのを、誰かが目撃したらしい。
もしかしてAくんが勝手に鍵を借りていたとか?」
「お、俺は……確かに昔、先生にお願いして鍵を借りたけど、ちゃんと返したし!」
「本当に返した?」
俺が問いただすと、Aくんはぐっと言葉に詰まる。
「だって先生、あの頃すごく忙しそうで……
部員の俺が何回も声かけても『後で』って流された。
練習時間に間に合わなくなりそうだったから、勝手に鍵を取って……
そしたら、後から先生にめちゃくちゃ怒られて……
仕方なく返そうと思ったけど、タイミング逃して……」
そこまで聞いて、俺は「やっぱりか」と内心思う。
鍵を返しそびれ、今まで持っていたのかもしれない。
「で、そのまま先生と口論になったのか?」
「うん……“鍵を返せ”って。俺は“返そうと思ってたのに先生が取り合ってくれなかった”とか言い争いになって、
結局、ちゃんと先生の机に返却したはずなんだ。でも、その後に部活自体行かなくなったから……
あんまり詳しい記憶はない」
Aくんは頭をかきむしる。
「本当に俺じゃないよ。ボードを盗むとか、ありえない。部活に未練もないし」
なるほど、鍵のトラブルの正体はここか。
彼の行動は確かに軽率だが、事件を起こしたとまでは断定できない。
ただ、新たな事実が浮かび上がる。
「じゃあ、先生に返した後、鍵がどこに行ったかはわからないんだね?」
沙季先輩が確認すると、Aくんは頷く。
「うん、ちゃんと先生の机に置いておいたし、その後は知らない」
「“置いておいただけ”なの? 先生に手渡ししたんじゃなくて?」
俺が尋ねると、Aくんはあからさまにバツが悪そうな顔で言う。
「先生、あのとき生徒会室に行ってて不在だったから……
勝手に職員室の先生の机に鍵を置いて帰ったんだ。メモすら書いてない。
後から怒られると思って部活にも行きづらくなって、そのままフェードアウト……」
部室に再び行かなかった理由はそれか。
とはいえ、これが事実なら“誰かが職員室で鍵を再度持ち出す”こともできるわけだ。
(→デスクに置かれた鍵を別の人物が盗んだ可能性)
俺たちの思考は一気に加速する。
部室や物置の鍵を巡る不正利用は、このタイミングで行われたかもしれない……!
「ごめんね、Aくん。協力ありがとう。
もし思い出したことがあったら、また教えてくれるかな?」
沙季先輩が柔らかく微笑むと、Aくんは半泣きになって「ごめん、俺のせいじゃないからな」と言いながら去って行く。
(きっと心の中では罪悪感を抱えていたんだろう)
(ということは、先生があの夜“鍵を返せ”と複数の生徒に言っていたのは、こういう経緯だったのか。
Aくんだけじゃなく、同じように鍵を無断使用する生徒が何人かいた可能性も……?)
「やっぱり、まだ“真犯人”は別にいるかもしれないね」
俺が呟くと、沙季先輩もうなずく。
「先生も篠田先輩も、お互い無実なのに、鍵を巡るトラブルのせいで疑い合ってるのかも。
その裏で、本物の犯人がボードを隠し、様子をうかがっている……」
部活にやる気がなく、鍵を雑に扱っていた生徒が他にもいる可能性は高い。
実は、BくんやCくんも似たような噂があった。
先生に黙って鍵を使い、自主練(あるいは勝手な行動)をする部員が時々いたという。
(そうなると、いよいよ“鍵を持ち出せる人物”が増えてくる。
ボード盗難を実行できる環境は整っていたんだ……!)
唇を噛む俺。
沙季先輩が視線を遠くに向け、小さく吐息を漏らす。
「もしその生徒が、篠田先輩を恨んでたら……動機になりえる。
でも恨みだけじゃなく、純粋に“自分が注目されたいから”とか、
嫌がらせとか……色んな可能性があるわよね」
「くそ……事件の背景は複雑だな。でも、手がかりは見つかった。
先生自身が犯人じゃないなら、先生の机に置かれた鍵を“誰かが再度盗った”線が強い」
目に見えない犯人の影が、さらにはっきり輪郭を帯びてきた。
(これで黒川先生の容疑が晴れる方向に動けば、篠田先輩との対立も和らぐかもしれない。
肝心の“誰が犯人か”を暴ければ……ボードが戻る可能性だってある)
**「キャプテンの足が間に合うかどうか――時間との勝負」**と心の中で思いながら、
俺と沙季先輩はダッシュで部室へ戻る。
どうせなら、今日中にBくんやCくんにも声をかけ、話を聞いてみたい。
◇◇◇
3. 部活の終盤、集まるメンバー
サーフィン部の部室に駆け込むと、
すでに大谷やひなたが来ていて、Bくんには声をかけたが捕まらなかったらしい。
「Cくんは“家庭の都合”で最近ずっと部活来てないって先生が言ってた」とのこと。
(うーん、なかなか直接会えないのか。明日以降の昼休みとかに探すしかないな)
そんな思案をしているところへ、黒川先生が入室。
先生は昨日の対立ムードから一転、少しだけ柔らかい表情で「どうした?」と声をかける。
「先生、ちょっとだけいいですか?
例の“鍵トラブル”について確認したいことがあって……」
俺が切り出すと、先生は眉をひそめる。
「鍵トラブル……ああ、部員が無断で鍵を持ち出すことが度々あるな。特に2年生の何人か」
「やっぱりあったんですね。Aくんからも話を聞きました。
先生の机に鍵を勝手に置いて帰ったとか、返したタイミングが不明確とか……」
先生は深く息をつく。
「そうだ。俺も何度か注意したが、最近はいろいろ立て込んでいて管理がおろそかだったかもしれない。
職員室の机に置かれただけじゃ、他の教師や用務員が動かす場合もあるし、
鍵がなくなったと報告されても“誰が持ち出したのかわからない”ケースがあった」
やはり管理が徹底されていなかった……。
ここに盗難の糸口があったのだろう。
「もし、部内の誰かがその鍵を再度手に入れ、
篠田先輩のボードを持ち出したとしたら……」
大谷が声を潜めると、先生は険しい表情でかぶりを振る。
「そんなこと……と言いきれないところが、今の俺の辛いところだ。
鍵が行方不明になるたびに俺は探し回っていた。
夜に校内にいたのは、そのせいでもある」
(なるほど、先生が夜な夜な職員室に戻るのは“鍵を探す”ためもあったんだな)
ひなたが「やっぱり先生は“ボード盗んだ犯人”じゃなく、“鍵を勝手に持っていく生徒”を探してたんですね」と安堵の表情になる。
「うん……というか、そんなことでボードが盗まれるとまでは思っていなかったが、
アリバイを疑うなら、桐生会長が言うように監視カメラを調べればいい。
俺は誓ってやっていない」
「先生、ありがとうございます。これで篠田先輩との関係も改善に向かうといいんですが……」
ひなたが微笑む。
先生は苦しそうに眉を寄せる。
「篠田の足が完治するかどうか、そればかりが気がかりだ。
俺の過去の失敗を重ねて見てしまうがゆえに、あいつを止めたくなる。
だが、本人の想いもわかるから、やるせない……」
その眼差しは、生徒を思う教師の愛情がにじんでいた。
俺はひなたや大谷と顔を見合わせ、少しほっとする。
(やはり先生は“悪人”ではない。篠田先輩を本気で心配している)
「とにかく、鍵を悪用した生徒を特定できれば、事件も解決に近づくはずだ。
早めに見つけてくれ。俺も何か思い出したら協力するよ」
先生が力強くうなずく。
部室の空気は、わずかに希望を取り戻すように感じた。
(次のステップは、Bくん・Cくん・その他の幽霊部員らへの聞き込み。
そこで犯人が見つかれば、ボードは返ってくるかもしれない……!)
その一方で、不安もある。
もし犯人の目的が“篠田先輩に大会を諦めさせる”だけなら、ボードは壊されているかもしれない……。
或いは、足が治るまでもう少しの猶予があると信じたいが、予選のタイムリミットが迫っている。
「篠田先輩の足、あと数日で動けるようになるか?」
頭をよぎるそんな疑問を拭えず、俺たちは部活を終えた。
◇◇◇
4. 夕刻――薄暗い校舎裏で
活動が終わり、外は薄暗い夕暮れ。
大谷は「バイトがあるから」と先に帰り、ひなたは「ちょっと用事で職員室へ行く」と離れた。
沙季先輩も「今日は先に帰るね」と言い、部室を出る。
俺はひとり、昇降口へ向かう途中で、思わず足を止めた。
校舎の裏手から、何か物音がした気がするのだ。
(また夜間に誰かが忍び込んでるのか? いや、まだ夜までは時間がある)
恐る恐る角を曲がると、そこには意外な人物――
Cくんがいた。2年生の幽霊部員の一人。
ここ数日は全く見かけなかったが、どうやら夕方にこっそり来ていたらしい。
「……Cくん!? 何してるんだよ、こんなところで」
思わず声が上ずる。
Cくんはビクッとして、すぐに背を向けるような動き。
「何って……別に、用事だよ。サーフィン部には用ないし」
「サーフィン部の部員でしょ? どうして来なくなったんだ?」
話しかけるが、Cくんはあからさまに警戒している。
彼の足元を見ると、なぜか金属の道具が落ちている。
懐中電灯……? こんな夕方に??
(……怪しい)
「ひょっとして、倉庫か器具室に入ろうとしてたのか?」
すると、Cくんは目をそらし、ポツリと答えた。
「違う……いや、正直、もういいんだよ。あんたらが何言ってもどうせ疑ってるんだろ。
……篠田先輩のボードなんか、無くなったままでいいよ。
あんな人ばっかり持ち上げられてさ……」
低い声に、狂気じみた感情が混じるのを感じた。
まさかこの子が……?
「おい、何を言って……?」
次の瞬間、Cくんは「もうやめてくれ!」と叫ぶように言い放った。
「どうせ俺は“才能ない”って言われたんだ!
篠田先輩みたいに注目されてる奴とは違う。
だからこんな部活、大嫌いなんだよ……!」
そのまま、俺を振り切るように走り去ろうとするCくん。
追いかけようとしたが、思わず足がすくんだ。
彼の目に宿る激しい嫉妬や怒りを目の当たりにし、ゾッとしたのだ。
(本当にCくんがボードを盗んだのか? あるいは違うのか?)
呼び止める言葉も出ないまま、Cくんは校舎裏の狭い通路を一気に駆け抜けていく。
夕闇に溶け込むように消えてしまった。
「くそ……!」
立ち尽くす俺。
Cくんの言葉が頭を回る。
“篠田先輩のボードなんか、無くなったままでいい”
どういう意図だ……? 本当に犯人なのか?
だが確信を持てない。
しばらく呆然としてから、気を取り直して昇降口へ戻ろうとしたとき、
携帯が振動した。
画面に映るのは篠田先輩からの着信。
躊躇いながらもすぐ出ると、先輩の声が聞こえてきた。
「……相沢か? すまん、どうしても伝えたいことがあるんだ。
明日、足が痛くても部室に行く。
何が何でも俺はボードを取り戻すために、最後の手段を使うつもりだから……
もう一度協力してほしいんだ」
「最後の手段……!? 先輩、それってどういう意味ですか?」
「……詳しくは明日話す。ごめん……頼む」
電話が切れる。
不穏な予感がざわつく。
Cくんの謎めいた言葉と、篠田先輩の“最後の手段”宣言。
事件はさらに混沌としてきた。
(まさか先輩、無理やり大会に出ようってわけじゃないよな。
もし本当にボードが見つからないまま、足を引きずって出場するつもりだったら……)
胸が苦しい。
犯人が誰であろうと、篠田先輩の足が壊れてしまったら元も子もないのに……。
「どうにかして、真犯人を突き止めなくちゃ……」
そう強く思いながら、俺はカバンを背負いなおし、急ぎ足で下校路を歩き始める。
青紫の夕空が、不安を煽るように静かに色づいていた。
◇◇◇
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