第六章②:ナオキ、理屈を超える瞬間

1. 再び聞こえる声

理科室に入り込むかすかな「助けて…」という声を追うソレナトリオ(レオ、ナオキ、ソウタ)。夜の鏡の世界で漂う薄暗い空気の中、今もなおその声は確かに聞こえる気配がするが、位置は定まらず、まるで壁や床をすり抜けるように移動しているようだ。
「どこだよ、いったい……」
レオが焦燥感をあらわにし、ソウタは壁に耳を押し当てるが、波のように揺れる声の方向は掴みがたい。ナオキは理屈で考えようとするたび、鏡の世界の不可解さに行き詰まって胸がざわついていた。


2. ナオキの理屈が揺れる

「ここまでくると、物理的な仕組みっていうより、“何か”が声を発しているんだろうな。具体的な源がないなら、どこか幽霊的な存在とか……」
ナオキは自分で言いながら、口を噤んだ。以前の自分なら「そんなのあり得ない」「誰かのイタズラだ」と一笑に付していただろうが、鏡の世界にいる今、否定しきれない事実を見せつけられてきた。
動く人体模型や赤い傘の少女がそうだったように、ここでは**“想い”**が形を持ってしまう。冷静な理屈が破綻するとき、ナオキはどう行動すればいいのか戸惑っていた。
「大丈夫だ、ナオキ」
レオが肩を叩き、「俺たち、ずっとそうやって乗り越えてきたじゃん」と笑ってみせる。ソウタも「一緒に考えようよ」と微笑み、ナオキは心なしか不安が和らぐのを感じていた。


3. “声”の増幅を感じる瞬間

三人が教室の奥へ進むと、声はさらに鮮明になった気がする。か細い声で「た…け…て…」と聞こえるが、一部は雑音にかき消されはっきりしない。レオが懐中電灯を掲げ、ナオキは心を落ち着かせるように深呼吸し、ソウタは声の先をたどろうと耳を澄ませる。
すると、一瞬だけ声のトーンが上がり、はっきりと「助けて」と聞こえた。同時に室内が揺れるような錯覚を覚え、三人は驚いて身を引く。
「今の……すごくはっきり聞こえた」
ソウタが震える声で呟き、ナオキは手で頭を押さえつつ「何か意図的に呼ばれてるみたいだな……」と呟く。


4. ナオキの決断

これまでナオキは、理屈で状況を整理しようとしながら、鏡の世界の不可解な出来事を“仕方ない”と割り切って受け入れてきた。しかし、この「助けて」という切実な声を耳にするたび、どうしても放っておけない感情が大きくなる。
「……理屈じゃないんだな、もう。ここでは『想い』が本当に現実になるなら、声の主も“想い”を具現化してるのかも」
自分で言いながら、ナオキは心の壁が一枚外れる感覚を覚えた。下手な論理ではなく、“助けを必要とする何かがいる”という事実をまず受け止めよう、と覚悟する。「助ける」方法はまだ見えないが、少なくとも無視するという選択肢はあり得ない。


5. 声へと一歩踏み出す

「ナオキ、どうする?」
レオが焦燥感を滲ませながら問いかけるが、ナオキは息を大きく吸い込み、「行こう、声の近くまで」と短く答えた。ソウタも「怖いけど……助けが必要なら力になりたいよ」と目を伏せる。
三人は声の方向を探り、室内の奥へ、あるいは床下や天井裏かもしれないと予測を立てて動き出す。先ほどまでの理屈と混乱が渦巻いていたナオキの目には、今ははっきりとした“使命”が映っていた。**“声の主を見つけなきゃ”**という強い意志だ。


6. 理屈を超えるナオキの変化

声を頼りに操作を進める最中、ナオキの中で一つの変化が起きていた。論理的にあり得ないと思っていた世界の真実を受け入れ、“想い”が全てを動かしていることを認め始めたとき、視界が妙にクリアになる感覚があったのだ。
「……声の方向が、あっちだってはっきりわかる」
まるで六感が研ぎ澄まされたように、ナオキは“直感”的に声の位置を把握し始める。レオとソウタは彼の導きに従い、教室の床下へと続く扉らしきスペースを発見する。そこからさらに明確に「助けて……」という声が響いていた。

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