第三章③:本を戻す、思いを込めて

1. 消えた本を探しに

鏡の世界の図書室で、本が次々と「自ら消えている」かのような不思議を目撃したソレナトリオ――レオ、ナオキ、ソウタ。
「忘れられた本たちが、誰の思いにも触れられずに消えていく」という仮説を立てた三人は、本を救うために「本を読んであげればいいのでは?」という方針を考えていた。
しかし、肝心の「消えた本」はどこにあるのかさっぱりわからない。棚には空白がぽっかり残り、床には散らばった破れたページがあるのみ。ソウタはこのままでは何もできずに終わるのではないか、と不安を募らせていた。

「でも、いくつかは床に散らばってただろ? まだ完全には消えてない本もあるはずだ」
レオの言葉に、ナオキは懐中電灯を握りしめながらうなずく。
「たぶん、全部が一瞬で消えるわけじゃない。消えかけの本があるなら……そこを狙おう」


2. 静かな書架の奥で

三人がさらに奥へ足を踏み入れると、書架の影にはひどく薄暗いスペースがあった。もともと資料用の書庫なのか、入り組んだ棚が幾重にも重なって迷路のようになっている。
「ここ、ほんとに不気味……」
ソウタが声を潜める中、レオは懐中電灯で床を照らしながら、足場を慎重に確かめる。棚の隙間からは冷たい空気が流れこみ、埃とともにかすかなページをめくる音のようなものが聞こえた気がした。
「誰かいるのか……?」
ナオキが耳を澄ます。だが、返事はない。かわりに、棚の片隅で小さな書物らしき影が浮いて見える。三人が駆け寄ると、そこには半透明のように透けかかった古い本が、辛うじて形を保っている姿があった。


3. 消えかけの本との出会い

「これ……消えかけてる?」
レオが思わず息を呑むほど、その本は表紙の一部が既に失われ、淡い光を帯びて空中に溶けかかっているように見える。タイトルは左右反転で読みにくいが、ナオキが「たからもの…の……森?」と解読した。
「そうだ、図書カードに書いてあった本だ……! 誰にも読まれなかったって……」
ソウタが思い出し、ナオキに顔を向ける。ナオキは力なく微笑んで、「これが一番消えるのを待ってた本ってことか……」と呟く。まるで、本自体が今にも消滅しようとしているかのような儚い様子が伝わってきた。


4. ソウタが読み始める

「消える前に……読んでみようか」
ソウタは恐る恐る本を手に取る。手先が透けて見えるような錯覚がするが、なんとか本の形を保っている。ページを開くと、中の文字も反転していて読みづらいが、ソウタは声に出して少しずつ物語を追いかける。
――“たからものの森”という題名の童話には、小さな動物たちが住む森での冒険が描かれているらしい。誰かの優しさが森を救い、森に住む皆が幸せを見つける物語。
ソウタの優しい声で、その童話の一節が静かな図書室に響き始める。レオとナオキは見守りながら、物語の世界が確かにそこに存在することを感じるような不思議な感覚を味わっていた。


5. 消えかかったページの復活

途中、文字が読めなくなるほど破れているページもあったが、ソウタは想像で補うように先を読み進める。すると、儚げに光っていた本の表紙が、少しだけ色を取り戻してきたように見えた。
ナオキは目を凝らして本を注視する。「これ、もしかして……?」
レオも棚に置いた懐中電灯の明かりを本に当てつつ、「うわ、本が元に戻っていく?」と声を上げる。消えかかっていたページの輪郭が、薄くゆらめく光とともに再生されていくように見えるのだ。
ソウタは驚きながらも、読み進める手を止めない。童話のクライマックスで、森の動物たちが助け合い、勇気を出し合って困難を乗り越える描写に差しかかると、本はさらに明瞭な姿を取り戻していった。


6. 本を元の場所へ戻す

物語を読み終えると、ソウタは大きく息をついて本を閉じた。先ほどまで透けていた表紙は、まだ古びてはいるものの、しっかりと実体を取り戻しているように見える。レオとナオキは顔を見合わせ、まるで奇跡でも目の当たりにしたかのように言葉を失った。
「たぶん……この本、棚に戻してあげよう」
ソウタが静かに提案する。忘れられた場所ではなく、誰かに読まれるかもしれない場所へ――その思いで、三人は本を抱えたまま棚の空白へと足を運ぶ。先ほどの貸し出し記録のラベルを照らし合わせ、もともとこの本があった位置へそっと差し込むと、本がわずかに光を放ち、形を定めるような感覚があった。
「……なんか、落ち着いた気がする」
レオが言い、ナオキも不思議なほどの安堵を感じていた。ソウタは胸をなで下ろし、「よかった。きっと、もう消えないよ」と微笑んだ。


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